第三章銭湯の嫁

3-1:うわさ


「なに? あの座敷童が八王子に来ておるだと?」


「ええ、今や東北はあの震災で回復が遅れ高齢化が進んでいるために人と関わり合いのある物の怪はその住む場所を追われ始めています。座敷童のいたあの家もとうとう住人がいなくなりお取壊しだそうです。まあ、その子孫がこの八王子にいると言う事でこちらに移って来たそうですが」



 保健所から来た佐竹さんたち、かまいたち三兄弟とか言う物の怪にお茶を差し出しながらお義父様はそんな話を聞いている。

 今は検査も終り、世間話に花が咲いているけど私も守さんも何故かそんなお話に参加している。



「しかし、湯本銭湯に人間のお嫁さんが来るとは。いやはや、我々物の怪としても頼もしい限りですよ」


「え、あ? あ、はい……」


 一体何が頼もしいというのだろうか?


「時に、息子さんは血が出ていないのですか?」


「うん、儂や家内の人間の血が濃く出ているのでどうやら寿命も短いらしい。残念じゃが人とほとんど変わらんじゃろう」


 お義父様はそう言って守さんを残念そうに見る。

 しかし守さんは笑いながら言う。


「僕は逆にこの体に感謝しているんだけどね。物の怪の血が出ないからずっと人の姿でいられるし、何よりこうしてお嫁さんも見つかったからね」


「ま、守さん///////」


 照れる事無くさらっとおのろけを言う守さん。

 しかも自然に言う所が守さんらしいと言えばそうなのだけど……



「良い嫁じゃよ。儂しょっちゅうブラッシングしてもらっておる」


「何と! うら若き女性にブラッシングとは動物の物の怪としてはうらやましい限りですな! いやぁ、若い女性に優しくブラッシングされるのは至高ですからね!!」


「は、はぁ……?」



 何故かぐっと親指を立てるお義父様と佐竹さんたち。

 そんなにブラッシングっていいのかしら?



「まあ、そんな感じで今の東北は物の怪も住むに厳しい状況です。日本海側も同じく、皆人の多い場所へ移動を始めております。この地は東のお狐様が仕切られております故、大丈夫とは思いますがそれとなく会合に出る様新参者には私たちからも通達をしましょう」


「ん、そうしてもらえると助かるのぉ。儂もここへ婿に入ってずいぶん色々覚えさせられたからのぉ~」


「はははは、あの犬夜叉様がこうも大人しく成られているのが信じられぬほどですよ。やはりあの大戦ですか?」


「もう八十年近くかのぉ~。姿を何度か変えておるが静かに銭湯をやるのも悪くないのじゃよ。守が生まれて人としての生活も悪くないと感じておるしの、何より良い嫁が来てくれて毎日ブラッシングしてもらえるのが最高じゃ!」


「うらやましい限りですね。さて、長居しました。我々はそろそろ」



 そう言って佐竹さんたちは立ち上がり人の姿に化ける。

 そして「上には問題無しと報告しておきます」とか言って出て行ってしまった。


 改めて私は人の世に紛れている物の怪の多さに驚かされる。

 守さんにだって物の怪の血が入っている。

 それに私や守さんに子供が出来れば当然その子にも物の怪の血が入る訳だけど、そう言った人たちは人間社会でひっそりと生きている。



「ふぅ~、なんか街行く人を見る目が変わっちゃいそう」


「はははは、でも人間社会に紛れている物の怪は生きて行くためにちゃんと人間社会のルールは守っているよ。それにここ八王子は母さんが仕切っているから大丈夫だよ」


 守さんはそう言ってにっこりと笑う。


 確かに、湯本銭湯って代々東のお狐様であるお義母様が守って来たそうな。

 元々は世を忍ぶ仮の姿だったのが、いつしか人と物の怪の集まる場所となり、そして人の社会でひっそりと暮らす為の指南場になったとか。

 

 お義母様も何度もその姿を変えて人の社会に溶け込み、そして数十年前にお義父様と出会い恋に落ちたとか。


 そんな歴史ある湯本銭湯に嫁いだ私は人として初めて湯本家に来た者らしい。



「なんか責任重大だなぁ……」


「そんなに気構えなくてもいいんだよ。かなめさんはかなめさん、ここの銭湯のおかみさんをしてくれればいいんだよ」



 守さんがそう言ってにっこりと笑ってくれる。


 うん、そうだね。

 私はここ湯本銭湯のおかみさん。

 皆さんにさっぱりと気持ちよくお風呂に入ってもらうのが私たちの仕事。



 そう、思いながら私はお昼ご飯の準備を始めるのだった。



 * * * * *



「そうじゃ、近々ここ八王子に西の連中が来るそうじゃ」



 夕食の準備が整い、手の空いている人から食事をとり始める。

 するとお義母様がいきなりそんな事を言い出す。



「何と! 戦争か!?」


「いや、儂ら東の物の怪の人の社会への溶け込み方を見たいだそうじゃ」



 驚くお義父様にお義母様はシュウマイをパクリと口に運びながらそう言う。


   

「西の物の怪って、氏方の?」


「そうじゃ、どうも大阪くだんではうまくいかず、京都では外国人観光客が多くて物の怪としても動きづらいそうな。なので東の様子を見に来たいと言っての、牛鬼のやつから連絡が来たのじゃ」


 牛鬼って、あの有名な物の怪?

 ポリポリと漬物を食べながらお義母様の話を聞く。

 

「それにな、儂等の正体を知りながらも今の時世に物の怪に嫁いだ嫁がいるという噂も広まっておってな、そっちにも興味があるそうじゃ」


「私ですか?」


「かなめはよくできた嫁じゃ。儂の自慢の嫁でもある。西の連中にお前さんの素晴らしい所を見せつけてやるのじゃ! でじゃな、そろそろ出来たかの?」


 お義母様はぐっと乗り出し私を見る。


「え、えっとなにがですか?」


「毎晩頑張っておるのじゃろ? そろそろ孫の一つや二つ、出来た頃じゃないのかえ?」



「なっ////////」



 いきなりお義母様にそう言われ真っ赤になってしまった。



「はははは、頑張っているんだけどねぇ~」


「ま、守さん! そう言う事言わないっ!!」



 そりゃぁ、守さんには結構と可愛がってもらっているけど、こう言う事は自然に、さりげなく報告出来るまであまりせかさないものなんじゃないのだろうか?

 私、湯本銭湯に嫁いでまだ半年なのにぃ~。



 私は真っ赤になりながらあまりにもオープンなこの湯本家の人々に小さくため息をつくのだった。












 ……そりゃぁ、私も子供欲しいけど、今の毎日驚かされる事で体いっぱいよぉ~!!   


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