2-4:保健所


「えーと、明日保健所の立ち入り検査が行われます」



 夕食をみんなで取ろうとしたら守さんがそう言う。


 湯本家の夕食は早い。

 午後六時には夕の部の銭湯を開かなければならないので、その前にみんなでお夕食を済ませる。


 そんな中、守さんは夕ご飯に手を着ける前にそう言う。



「何じゃと!」


「何じゃとぉ!?」



「保健所??」



 お義母様もお義父様も驚くけど、なんで保健所が来るのだろう?

 私はよくわからず首をかしげる。

 そんな私を見て守さんは話始める。


「えーとね、保健所は問題があったお店に立ち入り検査したりするんだ。飲食店なんかでは決まりでサンプルの食材を数日は取っておかなきゃいけない決まりがあるんだよ。だからこう言った銭湯も同じで何か有るとこうして保健所から連絡があって立ち入り検査するってことなんだけど……」


 守さんはそう言ってお義母様とお義父様を見る。


 お義母様は脂汗をだらだらと流している。

 お義父様はぶるぶると震えて小さくなっている。


 一体どうしたというのだろう?


 そんな私の様子に気付いたか、守さんは話を続ける。



「母さんは前回保健所の人が嫌で逃げたよね? 父さんは昔保健所に野良犬と間違われて捕まって処分される寸前だったよね? でも今回はちゃんと協力してもらうからね」



「ま、守よ、儂はちょっと用事がじゃな……」


「母さん、このあいだ物の怪の会合は終わってるよね?」



 守さんがそう言うと視線を思い切り外すお義母様。



「儂もあんな怖い思いするの嫌じゃ」


「犬の姿で女の子追ってふらふらするからでしょう? それに人の姿でいれば問題無いよ」



 守さんに言われてお義父様も視線を外す。



「とにかく、今回はちゃんといてもらいますからね。最低でも三人くらいで来るらしいから、逃げないでよね!!」



 守さんにそう言われお義母様とお義父様はしゅんとなる。

 いや、別に保健所が来るからってそんなに身構えなくても……



「とにかく、以前言われた通りにやらないと大事になるからね、下手したら改正するまで営業停止を喰らうよ!」



「む、昔はそんな事せずとも良かったのにのぉ……」


「保健所怖い、保健所怖い……」


 お義母様もお義父様もそうぶつぶつ言っている。

 一体前回は何があったのだろう?

 私は守さんに聞いてみる。


「守さん、前回って一体何が有ったんですか?」


「えーとね、動物の毛とかが湯船に浮いていたんだよ。それをお客さんが保健所に通知したってわけなんだけど……」



「あ、あれはたまたま朝湯で一番湯に入っただけではないか。前日ちと飲み過ぎて……」


 お義母様はそう言ってぶつぶつと文句を言う。



「入るなら最後にしてよ母さん! 狐の尻尾を湯船でわしゃわしゃするから抜け毛が凄かったんだよ!!」



 つまり、酔い覚ましにお義母様が朝湯に入って毛をまき散らしたと言う事か。

 確かにこれは大騒ぎになりそう。



「じゃ、じゃからちゃんと垢すくいで抜け毛は取ったのに、じゃがな……」


「全部取れてないから通報されるの」



 守さんにそう言われしゅんとするお義母様。

 まあ、これは仕方ない。

 それでかな、今はお義母様がお風呂入るのは確かに店閉めて最後になっているはず。

 だから今は問題無いのだろう。

 とすると、今回は?



「あの、そうすると今回はなんで保健所が来るんですか?」


「うん、定期検査と改善要項の確認だよ。こう言った公共の衛生施設は記録とその実態確認があるんだ。前回動物の毛とか浮いてたからそこの改善はもう問題無いと思う。水質検査も毎時やってるから問題無いだろうね。後は……」


 守さんはお義父様を見る。

 するとお義父様はビクンとなって脂汗をだらだら流す。



「父さんがちゃんと湯釜とタンクの管理しているかだね」



「儂、ちと用事が……」


「父さん! フィルター巡回と新規のお湯、混ぜてないだろうね?」


「……儂、してないよ。多分」


「父さん! 様子見で若い女の子ばかり見てて湯釜の管理ちゃんとやってるんだろうね? 面倒だからって継ぎ足しのタンクの湯にフィルター通したお湯流してないだろうね?」


「え、えーとぉ…… た、多分大丈夫……だと、思う……」


「後で確認します」


「うぐっ」


  

 お義父様……


 銭湯の釜湯は新規で沸かしたものをタンクに流している。

 そのタンクのお湯を体を洗う時のシャワーとかに流しているけど、勿論湯船のお湯が少なく成ればそっちにも流す。

 これは裏方がその都度調整するので、常に釜湯を炊いている状態になっている。

 でもお客さんがいっぱいいるとすぐにタンクのお湯も減るので火の番は忙しさを増す。

 ちょっとでもタンクのお湯が減るとシャワーとか出なくなっちゃうからこの辺は意外とシビアに見ないとお客さんに迷惑がかかる。


 でもだからと言ってその場しのぎでフィールター巡回のお湯を回すって事は……



「それヤバいですよね?」


「うん、まあ毎時衛生検査はしているから濃度的にはぎりぎり大丈夫だけど、良くは無いわけだよ」



「む、昔は湯船の湯で体洗っておったんじゃがのぉ……」


「今は時代が違うの! 父さんご飯食べたら確認に行くからね!!」


 守さんはそう言って、とっとっとご飯を食べてお義父様を連れて裏方へと行ってしまった。



 * * * * *



 翌日の朝湯は検査の為お休みとなる。

 そして朝から保健所の方が三人ほどやって来ていた。



「保健所の佐竹と申します。それでは早速記録と現場の確認をさせてもらいます」


「はい、本日はよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」



 守さんと一緒に保健所の人に挨拶すると早速記録の確認から始まる。

 この辺はしっかりと記録しているので問題無く、チェック項目にマークを入れられる。


 そしてその後に現場確認で、まずはお店の入り口から脱衣所、トイレや洗い場、湯船にスチームサウナとかを順番に確認してゆく。

 

 あ、お義母様はちゃんと脱衣所で清掃を手伝っていてくれた。

 保健所の人が挨拶すると少々ぎこちなくお愛想笑いをして会釈していた。

 

 うん、逃げはしなかったけど極力関わらない様にしている。



「水風呂は無いんですよね?」


「はい、うちはスチームサウナなんで低温サウナに入りますから」


「掃除記録も問題無しっと。滅菌もちゃんとやってますね?」


「ええ、その辺はしっかりと」


 スチームサウナとは狭い部屋にシャワーの熱いお湯を溜め湯にどんどん流してその熱気で部屋を暖めるサウナの事で、低温サウナに分類されて大体五十℃から六十℃くらいにまでしか温度が上がらない。

 湿度が高く温度はそれ程でないのでお肌のダメージが少なく、汗が出やすい。

 若い女性とかに結構人気がある。

 何せ美肌効果もあるからだ。



「こっちは大丈夫ですね。それじゃ最後に裏方の方をお願いします」


 そう言って保健所の人たちは裏方のボイラーの方へと行く。

 そこには裏庭に沢山の薪が山積みされ、シートがかけられている。

 そしてボイラーの前ではお義父様が火の番付をしていた。



「お世話になります、保健所の佐竹です」


「佐竹? お前さんもしや佐竹三兄弟のか?」


 お義父様は最初小さくなって少し震えていたけど、保健所の人の名前を聞いてぱっと顔を上げる。



「お久しぶりですね。ちゃんと銭湯やってますね。奥方も掃除を手伝っていましたし問題無いですよね?」


 そう言ってやって来た保健所の人たちがみんな一斉に体をぐにょりとゆがめて鎌を持ったイタチの姿になる。



「えっ? 佐竹さん物の怪だったんですか!? 他の人も!!」


「鎌を持ったイタチ?」


 驚く守さんと私。



「驚かせてすみませんね、でも保健所の仕事はちゃんとやってますよ? 申し遅れました、この度こちらの赴任しましたかまいたち三兄弟の佐竹です」


 器用に鎌で眼鏡のずれを直しながらそのかまいたちは言う。



「なんじゃぁ、かまいたち三兄弟の佐竹じゃったか。儂、緊張して損した」


「気を緩ましちゃだめですよ? 私たちは一応は仕事で来てるんですから。ちゃんとタンクの消毒は定期的にやってますか?」


「それは勿論やっとるよね、守?」


「はい、勿論です。佐竹さんはうちの父とは?」


「その昔、東北でね。その頃のお父様は犬夜叉として恐れられていたのですがね、ずいぶんと大人しくなられた。やはり奥方の東のお狐様の影響でしょうな」  

 

 かまいたちの佐竹さんはそう言ってまた器用に鎌で眼鏡のずれを直す。

 しかし、あのお義父様がその昔東北で犬夜叉として恐れられていただなんて。


 いつものヨークシャテリアの姿を思い出しながら、お義母様がこのお義父様に影響を及ぼしたんだろうなぁと見る。


 今は好々爺とした感じの人に化けているけど、このお義父様が犬夜叉だったなんてねぇ……

 私は守さんの顔を見ながらもし守さんも犬に化けるならどんな犬になるのだろうと想像してみる。



「くすっ」


「ん? どうしたんだいかなめさん??」


「何でもありません。さてと、それじゃぁ検査はこれで終わりですよね? お茶入れますから飲んで行ってくださいね、皆さん」




 どうやら保健所の検査としては問題無く合格だったようだ。

 となればお茶くらい飲んで行ってもらわないといけない。

 私は守さんにお願いして先にお茶の準備に台所へと向かうのだった。


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