3-3:西の物の怪


 なんだかんだ言ってやっぱりうちのお義母様やお義父様は頼りになるんだなぁと実感しつつ、豚肉が特価だったので大量に買い込んで豚の角煮を煮込んでいた。



「なんかいい匂いだね? かなめさん夕御飯何?」


「ああ、守さん。夕食は豚の角煮がメインですよ。今煮込んでとろろとろにしてますよ♪」


 私が台所で夕御飯の準備をしていたら守さんが巻割りを終えてやって来ていた。

 ひょいっと後ろから抱き着かれ肩越しに何をしているのか覗き込んでくる。


 これちょっと好き。


 何と言うか新婚夫婦って感じがして嬉しくなる。



 はっはっはっはっはっ


 ふりふりふり~



 問題は居間から感じる二つの視線。


 ヨークシャテリアが短い尻尾を振って瞳を輝かせている。

 大きな狐の尻尾をゆらりゆらりと振って狐も笑っている。


 うん、本物の犬と狐なら無視できる。

 しかしこれはお義父様とお義母様。


 昼間の時間は妖力が溜まっていないので動物の姿でいることが多い。



「かなめさん、ん~」


「駄目です守さん! お義父さんとお義母様が見てます!」


 肩越しにキスして来ようとする守さんを退ける。

 私に拒否されて初めてお義父様とお義母様がいる事に気付いて慌てて離れる。



「別に乳繰り合っていてもかまわんのじゃぞ? 儂は早う孫の顔が見たいしのぉ」


「きゃん!」



 お義母様もお義父様もニヤニヤしながら見ているんだろうなぁ。

 全くを持って恥ずかしい。



「さてそろそろかの。妖力もたまったし儂は出かける。豚の角煮は儂の分ちゃんと取っておくのじゃぞ」


「お義母様、今からお出かけですか?」


「うむ、西の連中に街中の案内があるからの。全くあ奴等のお守も大変じゃ」


 そう言ってぼんっと煙を立てて人の姿になる。

 毎回思うのだけど、私たちの前だとあの胸下を大きく開いた妖艶な美女のお姉さんになるのは何故?



「では出かけて来る。後は頼むぞ」


 そう言ってお義母様は出かけてしまった。

 お義父様が玄関まで見送りに行って「きゃん!」とか鳴いてから帰って来る。



 ぼんっ!



「夕飯は豚の角煮かのぉ~、儂豚の角煮大好きじゃ♬」


 人の姿になって嬉しそうに言うお義父様。

 やはり犬の物の怪のせいか肉類は大好きだ。


「もうちょっとでできますからね~。と、後は煮つけをっと」


 冷凍里芋もバーゲンで安く手に入ったのでさつま揚げと一緒にめんつゆとかつおだし、みりんを入れて煮込んだものも作っておく。

 後はお味噌汁と漬物と……



 きんこぉ~ん!



 私がそんな事を思っていると玄関のチャイムが鳴る。

    

「守さん、ちょっとこれ見ててください。誰か来たみたいなので」


 里芋の煮つけを始めたので火の管理を守さんにお願いして玄関に向かう。

 こんな時間に誰だろう?


 トタトタとエプロン姿のまま玄関に行って扉を引くと、そこにはあの西の物の怪の団体さんの中で見た着物姿の女性がいた。



「はて、お前さんは東の狐の所に来た人間の嫁かえ? 東の狐はおらんかえ?」


「あ、えっと西の方ですね。お義母様なら先ほど皆さんを迎えに行きましたが」


「ふむ、行違えかえ? そうじゃちょうどいい、お前さんよしばし時間をもらえんかの?」



 その物の怪の女性はそう言って向こうの人がほとんど来ない公園を指さす。

 何だろうと思い、彼女について行くと公園のベンチに座って手招きをする。



「ここは京都と違いごちゃごちゃしておるの。時にお前さんは本当に人間かえ?」


 私もベンチに座って彼女の問いに答える。


「はい、私は完全に人間ですけど……」


「ふむ、東は本当に人との社会と交わっておるか。東の狐も半分は人の血が入っておるしのぉ。ここ八王子では人と交わった物の怪も多いと聞くが、本当かえ?」


「え、えーと詳しくはないんですが、皆さん大人しくしていますよ」


 私がそう言うと彼女は顎に指を当て考えこむ。



「例えば、儂等はいまだに人を喰う。勿論人知れずにな。京都ではいまだに消えても問題の無い輩は多い。しかし最近は日ノ本の住人以外に異国の人間も多い。流石にそいつらに手を出すのはまずいと言う事でよほどの事が無い限り手はださん。しかし東では人を喰うのをやめ、人間社会に溶け込んでいる。よくも物の怪の本性を押さえられるものじゃえ……」


 そう言って彼女は私に顔を向けるけど、目が八つに増えていた。


「のこのこと儂について来れば京都では喰っている所じゃ。お前さんは儂が怖くはないのかえ?」



 その眼が私を見る。

 そりゃぁ、こんなの見たらぎょっとするし怖い。

 でも、それでも湯本銭湯の人たちみたいな物の怪だっている。

 湯本銭湯に通ってくれている「特別なお客さん」だっている。


 私はこの物の怪の女の人に言う。



「正直その八つの眼はちょっと怖いですよ。私はあなたと言う物の怪を知らない。でもここにいる物の怪の人達には良くしてもらっています。だから怖くはないです」



 そうハッキリと言うと彼女はちょっと驚いたような顔になって続けて言う。



「儂等は物の怪、人とは本来交わる事無き存在。いや、むしろ儂らはお前さんたちを取って喰う化け物じゃぞ? それでも怖くないと言うかえ??」


「それでもです。私は信じてますから」



 それを聞いた彼女はうなだれてしばし沈黙をする。

 そしてぽつりぽつりと言い始める。



「儂等物の怪は人に害成す存在。本来ならこうして人間と話をする事すら稀なものを…… お前さんはおかしい。儂等を見て恐れぬ、怯えぬ、そして信じると? あり得ない。今まで京の都でそのような戯れ事を言う人間なぞおらんかったえ…… 東は、お前さんたちはそんな中、この人間社会でやっていけると言うのかえ?」


「ええ、だって私は湯本銭湯に嫁いだのですから」



 うなだれ頭を振っていた彼女はずるりと和服を脱ぐと背中から蜘蛛の大きな足が出て来る。

 そして上半身は女性、下半身が蜘蛛の物の怪の姿になる。



「全ての人間がお前さんのようであれば違ったやもしれんな…… しかし儂らは人を喰う事がやめられぬ、今現在もお前さんを喰いたくて喰いたくて物の怪の本性が疼いてたまらん。儂等はそんな化け物なのじゃぞ?」





 ゆら~りと私にのしかかるかのように蜘蛛女は私を見下ろすのだった。 

 

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