第二章お仕事

2-1:男湯


 銭湯の朝は早い。


 朝四時ごろに起きて昨日割っておいた薪をボイラーに入れてお湯を沸かし始める。

 昨晩奇麗に洗った湯船をもう一度水で流し、お湯を張る準備をする。

 

 朝の営業時間は六時から九時まで。

 昔はもっと長い時間やっていたそうだけど流石に今のご時世それではやっていけない。

 江戸時代には一日中銭湯を開いていたとか。



「守さん、ご飯出来ましたよ!」


「ありがとう、父さん母さん先に食べてて、すぐ行くから」



 朝早くに色々を準備しなければならないので、順番に朝食をとる。

 私も手伝うと言うと、食事を任された。

 なんでも私が作る食事が美味しいからだとか。



「かなめさんの作る飯はうまくて助かるのぉ~」


「ほんに、良い嫁じゃ」



 お義父様とお義母様はそう言ってみそ汁をすする。

 

 いや、そう言ってくれるのはうれしんだけど、ご飯にお味噌汁、シシャモの焼いたのと佃煮に漬物だけなんだけど。

 しかもみそ汁は出汁入りみそで、豆腐とわかめと言うスタンダード。

 佃煮も漬物もスーパーの特価で買って来た百円均一セールのモノなんだけど……



「準備できたよ、父さん食べ終わったらお店開いてね。おおぉ、今日も美味しそうだね?」


 準備が出来たらしく守さんも朝食をとりに来る。

 そして嬉しそうに座って私がご飯やみそ汁をよそって渡すと両手を合わせて「いただきます」と言って食べ始める。



「うん、美味しい! やはりかなめさんのご飯は最高だね!」


「あの、喜んでもらえるのはうれしいんですがそれ程凄いものじゃ……」


「何言うんだい、母さんが食事作ると三食全部お稲荷さんだよ?」


 三食全部お稲荷さんって……


「儂、たまには他の物食いたかったんじゃよ」


「仕方あるまい、儂は他の料理を知らん。後は厚揚げの煮物に福包み、お揚げの味噌汁にきつねうどんくらいしか作れんわ」


 いや、それってまんまお稲荷様向け何じゃ……


「そうなんだよ、だから途中から僕が食事を作る事になったんだけどね、そうしたら母さん余計に料理しなくなっちゃってね~」


「ふん、作れる者が作ればよい。食えさえすれば死ぬことはないわ」


 そう言って漬物を口に運ぶ。

 確かに死にはしないだろうけど、栄養バランスが崩れそうな。



「あの、お味噌汁とかまだおかわりありますよ?」



「うむ、頼むのじゃ♪」


「儂も~♪」


「僕も僕も!」



 朝から食欲旺盛な湯本家の人たちだった。



 * * *



 朝のお湯は圧倒的に男性客が多い。

 それもおじいちゃんたちが多い。

 たまに「特別なお客さん」も混じっているけど、ほとんどが普通のお客さん。


 なんで朝湯でこんなにお客さんが来るのだろう?

 守さんに聞いてみたら、前の晩お酒飲んでそのまま眠ってしまう人が多いらしい。

 それにこの地域は昔から朝風呂が好きな人が多いらしく、それはみんな普通のお客さんだとか。


 思わず頭の中で「おはらしょうすけさん~なぁ~んでしんしょつ~ぶしたぁ~♬ あさねああざけあさゆがだいすきで~そぉ~れでしんしょつぅ~ぶしたぁ~♪ はぁ~もっともだぁ~もっともだぁ~♪」とかって歌が聞こえてきそうだった。


 「朝湯って大丈夫なのかしら……」



 「特別なお客さん」は夜に集中してくるそうな。

 人間社会に紛れて生活はしていてもやはり日が高い時は苦手らしく、夜とかに活発に動いているらしい。

 なので夜の部に良く来るそうな。   


 

「お義母様、交代しましょうか?」


「おや、そうかい? じゃあお願いするとしようかね」


 番頭に朝一から立っているお義母様と変わろうと言うと頷いて番頭を代わってくれた。

 朝一番から番頭に立っているのだもの、少し休憩してもらった方がいいだろうと思い、朝食の後かたずけと洗濯が終わったので申し出た。

 

 今のお義母様は七十過ぎのおばあちゃんの姿に化けている。

 大人しそうな好々婆の様な風貌で、誰からも好かれそうな姿だけど、実はお狐様で人の姿になると私も嫉妬してしまう位の美人のお姉さんになる。

 お義父様の方は普通に初老のおじさんなんだけどね~。



「いやぁ~、朝っ風呂はいいねぇ~、気持ちがいい」


「そうさな、この湯本銭湯は朝風呂も最高よ!」


「ほい、これ牛乳代な!」



 朝からおじいちゃんたちは元気だ。

 お風呂からあがって脱衣所で腰にタオルを巻いて各々に好きな事をやっている。


 なんか井戸端会議見たい。



 私はそんな風景を見ながら思う、きっとこれから先も同じ光景を目にして行くのだろうと。



「うん、今日も一日頑張らなくっちゃね!」



 そう言いながらまだまだ朝の湯を楽しみに来るお客さん接待をするのだった。

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