1-4:私がおかみです


「いらっしゃいませ!」


「おや、今日はえらく別嬪さんが番頭だね? 婆さんは??」


「あ~今日は会合なんですよ。なので私が代理に」


「そうかい、はいお金」


「毎度ありがとうございます」



 入って来たお客さんにお釣りを渡してなるべくそっちを見ないようにする。

 多分私の顔は今かなり赤い。


 勢いで番頭に立ってしまったけど、考えてみれば男性客もいたんだった。

 ま、守さん以外の男性の裸を見る羽目になるとはすっかりと忘れていた!


 早い時間はだいたいお爺ちゃんだけなのでまだいいのだけど、時間が過ぎて来ると中学生とか高校生まで入って来ていた。


 ううぅ、友人には絶対に言えない。

 絶対に若い男の子の裸見られるだなんてうらやましいとか、浮気するんじゃないとか好き勝手言ってくるのに決まっている。



 冷静になれ私!



「あれ? お婆ちゃんじゃないんだ?? はい、お姉さんお金」


「あ、ありがとうございます」


 中学生くらいの男の子がそんな事言いながらお金を置いてくる。

 ちょうどだったのでそれをもらい受け、小銭を並べる所で分けて入れていると男の子はこちらをじっと見て聞いてくる。



「お姉さん、ここの人?」


「え、ああぁ、ここの銭湯にお嫁さんに来たのよ」


「ふーん、そうかぁ…… じゃ大人しくするか」



 そう言ってその男の子は誰にも見えない様にベロンと長い舌で口の周りを舐め回してから行ってしまった。


 一瞬驚いたけど、あれが「特別なお客さん」ってわけね。

 見た目は普通の男の子だけど、完全に物の怪。

 守さんの言っていた通りに答えたら「じゃ大人しくするか」とか言っていた。


 もし他の答えをしていたら……


 背筋がぞっとした。

 現代で物の怪なんて誰も信じなくてもこうして人間社会に溶け込んでいる。

 湯本家の人以外に初めて物の怪を見たけど、もし知らない人が見たら大騒ぎだろう。


 と、その少年と目が合ったらこっちを向いてニマリと笑った。


 またまた背筋がぞっとしたけどその少年は普通に服を脱ぎ始め洗い場に向かっていった。



「ふうぅ~、『特別なお客さん』も私を確かめているのかな?」


   

「おや? いつもの婆さんじゃないね? あんた新入りかい?」


 そんな事をつぶやいていたら今度は女性のお客さんが入って来た。

 ジャージ姿のまだ若いお客さん。

 なんか見た感じから体育会系の女性。


「あ、いらっしゃいませ。この銭湯に嫁に来た者です、よろしくお願いします」


「ふーん、嫁さんかぁ…… ま、分かった。あたしゃ大人しくしてるからそう緊張しなさんな。ほらお金だよ」

 

 そう言ってその女性はお代を番頭の台においてから向こうへ行く。

 今の質問って、やっぱこの女性も物の怪なのだろうか?

 ちょっと緊張しながらなるべく見ない様に気を付けてお金を分けて溝に入れて行く。



「お疲れ様、かなめさん。はいこれ飲み物ね」


「ああ、守さん。ありがとうございます。っと、ちょっといいですか?」


 男湯の入り口から来た守さんに飲み物をもらいながらちょっと聞いてみる。


「さっき男の子とジャージの女性が来たんですけど、二人とも私が何か聞いて来て。やっぱり『特別なお客さん』ですよね?」


「男の子? もしかして舌の長い」


「そう、それです!」


「ああ、彼はアカナメって妖怪だよ。風呂場の垢をあの長い舌で舐めるんだ。でもうちは何時も奇麗にしているから垢なんて無いんだけどね。たまに体洗っているお客さんを舐めるんで昔母さんがとっちめたんだけどね」


 妖怪アカナメって……

 いるんだ、やっぱり。

 昔、漫画かアニメで見ただけだけど、まさかリアルでそれを見る羽目になるとは。


「じゃあ、ジャージの女性は?」


「ああそれは多分鬼だね。女鬼って言って男の肝を喰らうんだ。今はレバニラ炒め食べて大人しくしてるよ」


 いや、男性の肝って……

 代わりにレバニラ炒めで済むんだ。


 そんなのが銭湯で暴れられたら大騒ぎになっちゃう。



「後あそこにいる顔の大きいのがつるべ落とし、あっちのお爺さんはぬらりひょん」


「いやいやい! いすぎでしょう『特別なお客さん』!!」



 何それ?

 じゃあ今男湯にいるのほとんど物の怪じゃない!!



「はははは、みんなちゃんとわきまえているから大丈夫だよ。かなめさんは胸を張ってこの湯本銭湯の嫁だってみんなに言えば大丈夫だよ」


「そう、なのかな? 私食べられちゃったりしないよね?」


「はははは、そんな大それたことするやつはいないよ。今は時代も変わったし、母さんの逆鱗に触れるような事は誰もしないよ」



 そう言って守さんは手を振ってまた裏方へと戻って行ってしまった。

 私は守さんが持って来てくれたペットボトルのお茶を飲んで一息つく。


「うん、そうだよね私は湯本銭湯のおかみさんだもんね! 頑張らなきゃ、気負けなんてしていられない!!」




 気合一新、私は新たに来るお客の接客を続けるのだった。   


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