2-2:女湯
湯本銭湯の朝湯の部は午前九時までやっている。
「まだ大丈夫かしら?」
「あ、はい大丈夫ですよ」
朝湯は圧倒的に男性客、特におじいちゃんたちが多い。
逆に女性客はまばらだけどやっぱりおばあちゃんたちが多い。
もうじき朝湯の時間が終わろうとした頃に一人の女性客がやって来た。
現在時刻は八時四十五分。
さっとお風呂に入って出るなら大丈夫なくらいの時間。
その女性客はやたらと白い肌の美人さんだった。
服装はそれ程目立つようなものではないけど、どこかの芸能人と言っても通用するほどだった。
「はい、御代ね」
「毎度ありがとうございます」
お釣りを渡しながら何となく彼女の後姿を見る。
こんな時間帯に若い女性客は珍しい。
「フルーツ牛乳もらうよ~」
「あ、毎度~」
その女性を目で追っていたらお爺ちゃんがフルーツ牛乳を買いに来た。
慌ててそちらの対応をしているといつの間にかその女性は洗い場に行ってしまったようだった。
まあ朝湯の時間はもうすぐ終わりだし、この後清掃作業もある。
女湯は結構排水溝に髪の毛とか溜まるからしっかりと掃除をしないといけない。
それに特に女湯は念入りに掃除しておかないといろいろ言われるらしいので要注意とか。
確かに、時間がある時はゴミの回収とかしないとすぐにゴミ箱がいっぱいになっちゃうもんね。
なんで女湯はこんなにゴミ出るんだろうね?
「かなめさん! もしかして色白の若い女性客来てない!?」
この後の事をいろいろ考えていたら男湯の入り口から守さんが慌てて入って来た。
「はい? そう言えば最後のお客さんがそうでしたね? もうのれんしまいますか??」
「いや、それはあとでいいんだけど、他には女性客は?」
「えーと、もうお婆ちゃんたちは出ているし、最後のお客さん一人ですよ?」
それを聞いた守さんは大きく安堵の息を吐く。
「そうかよかったぁ~。もし普通のお客さんが残っていたらガンガンお湯を沸かさなきゃならなかったからね」
「はい? どう言う事ですか??」
不思議に思いもうほとんどお客さんがいなくなった女湯を覗き込む。
すると守さんはこっそりと私に言う。
「『特別なお客さん』なんだよ、雪女ってね」
「はいっ!? 雪女って、お風呂入るんですか!!!?」
雪で出来ているとか何かで読んだような気がする「雪女」、それが朝湯に入る?
「溶けちゃわないんですか?」
「雪女の物語って知ってる? 男と一緒になって子供作ってるよね? その間普通の人間として生活してるんだけど、妖力を使わない限りちょっと肌の温度が低い女性と変わらないんだよ。でも気を抜くと妖気が漏れ出してお湯の温度が一気に下がるんだよ……」
それを聞いて思わず女湯を見返す。
するとガラスの向こうの洗い場に充満していた湯気が無くなっている。
「あ……」
「多分湯船はもう冷水になってるよ。良かったよ、他のお客さんがいなくて」
既に女湯も男湯もお客さんは着替え終わってみんな出て行ってしまっていた。
残ったのはあの雪女さんだけ。
守さんは無言で営業中を現すのれんを外し、準備中の看板を出す。
「まあ、他にお客さんいないからいいけど、湯船を凍らすのだけは勘弁してもらいたいなぁ」
「今洗い場で体を洗ってますけど……」
「ほんと? じゃあもうすぐ出るか」
「って、守さんは見ちゃだめです! いくら『特別なお客さん』だって見た目は奇麗な女の人なんですから!」
ひょいっと女湯の方を覗き込もうとする守さんの目を手でふさぎ男湯へと押し戻す。
まったく、いくら物の怪とは言えあんな美人の裸を守さんに見せる訳には行かない。
「ごめんごめん、じゃあもし凍ってたらすぐ教えて。ボイラーに無理させると壊れちゃうからね」
「分かりました。だから覗き込まない!」
もう一度女湯を覗き込もうとする守さんを押しやって私は洗い場を見る。
……あ~、そう言う事か。
「ごめんなさい、女湯掃除は私も手伝います……」
洗い場を覗き込んだ私が見たモノはあちらこちらが凍っている女湯だった。
そして雪女はがらりと扉開けて裸のままこちらに真っ直ぐやって来る。
「ごめんなさいね~、またやっちゃったわ。あまりにお湯が気持ち良くて気を抜いちゃって凍らせちゃった」
てへぺろする雪女さん。
「あ~やっちゃったか。仕方ない。今度は気を付けてくださね」
「ごめんごめん、守君」
「って、雪女さん隠して隠して前っ!! 守さんも見ちゃダメっ!!」
番頭を挟んで胸をさらす雪女。
それに何事もなく笑っている守さん。
「とにかく守さんは私以外の女の人の裸見ちゃダメぇ~っ!!」
朝から湯本銭湯に私の叫び声がこだまするのだった。
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