第16話 入学式のあと

 校庭に咲いている桜の木の下で写真をたくさん撮った。桜の季節になると美咲はいつも、いろんなことを思い出してしまう。

 子供の頃、家の前に桜並木があって、写真を撮るのは毎年恒例だったこと。

 小学校の入学式はとても緊張したこと。

 中学の入学式はそれほどでもなかった──代わりに、二年の春に朋之と出会ったこと。そして当時の同級生たちと今でも交流があること。

 高校と大学の入学式は女性ばかりだったので、何となく絞まりがなかった。だから入社式で久しぶりに男の子と話すことになったときは緊張してしまったこと。

 それから何年も経って、春に開かれた同窓会で同級生たちと再会した──桜は散ってしまっていたけれど。美咲が離婚して落ち込んでいたのを、えいこんとHarmonieのメンバーで励ましてもらったのも春だ。

「山口君、撮ったるわ」

 いつの間にか、森尾が俊と一緒に近くに立っていた。

 朋之は持っていたカメラを森尾に預け、三人の写真を撮ってもらった。代わりに森尾と俊の写真も撮り、美歌と俊の写真も撮った。

「俊が、後ろ向いて声かけたみたいでな」

 入学式が終わって教室で待機していたとき、俊が後ろを向いて美歌に声をかけたらしい。突然だったので美歌は驚いたけれど、イケメンかつ人懐っこい俊の笑顔にらしい。

「え……ミカちゃんのママとパパ、パパとともだち?」

 俊が森尾に聞くと、森尾は笑った。

「そやで。中学のときに一緒やってな」

「俺は──同じクラスはならんかったけどな」

「その割には仲良くなかった? ときどき塾ある日に、駅で一緒におるの見かけたんやけど」

 二人の実家の最寄駅は違うのに、森尾と朋之が一緒に電車を待っているのを美咲は何回か見た。

「あれは……何やったかな……」

 何だっただろうか、そういえばこんなことはなかったか、と過去を振り返り出した森尾と朋之。俊は近くに友人を見つけて遊びに行き、残された美歌は美咲にだけ聞こえるような小さな声で聞きにきた。

『ママは、なんでパパをえらんだん? シュンくんのパパも、たぶん……かっこよかったとおもう……。あ、みかは、パパのほうがすき!』

 言い終わってから美歌は照れながら笑っていた。

『美歌がそう言うなら、たぶんそれは、ママの気持ちと同じ。あ、でも俊君のことはわかれへんから、いっぱい遊んで、いっぱい教えてもらおう!』

 美咲も美歌と同じように小さな声で言った。

 美咲が朋之を外見で好きになった時点で、森尾との違いができているけれど。性格も確実に、朋之のほうが良い。それでも森尾を選んで結婚した人がいるので彼が悪いとは言い切れないけれど、残念ながら森尾は美咲の好みではなかった。

 それだけの理由だ。

「美咲、なに笑ってんの?」

「え、秘密ー。美歌と内緒話、女子トーク」

「ひみつぅー」

 パパには秘密ー、と美咲が笑うと美歌も笑った。美歌も幼い頃から朋之が大好きだったということは、美咲のように性格よりも外見を重視して恋人を作ってしまうのだろうか。性格もちゃんと見なさい、と言わなくてもわかる子に成長して欲しい。

 森尾が俊に引かれて学校を出たので、美咲たちも出た。家にはすぐに到着して、もらった物を整理していく。保護者向けのものは美咲がもらい、明日の準備は美歌に任せてみる。篠山からは全てひらがなのプリントをもらっているので、少しは読めるはずだ。

 美咲と朋之が子供の頃はクラスメイトの電話番号が書かれた連絡網を配られたけれど、そんな時代は終わっているらしい。個人情報保護のため、連絡はメールで送信されるらしい。

「便利な時代になったよなぁ。中学ときさぁ、連絡網って代議員から回してたよなぁ? 先生から電話きて、三人に回してた記憶あるわ」

「そうそう、男女別で十八人ずつくらいやから、早く終わるように六人ずつに分けてた」

 朋之は代議員だった期間が長かったので、大変だったはずだ。美咲はただのメンバーだったので楽ではあったけれど、固定電話にかけて誰が出るかわからない時代だったし不在のときは一人飛ばして掛けて、飛ばした人には出るまでかけ続ける必要があった。

「連絡網は嫌なことトップスリーに入ってたよな」

「入ってた」

 あとはこんなことが嫌だった、と話をしていると、美歌が美咲を呼んだ。学校の用意ができたので確認して欲しいらしい。

「うん、授業はまだやから……筆箱と連絡帳と……うん、OK。あと、ハンカチとティッシュと」

「はぁい」

 準備を終わらせてから美咲は美歌と一緒にお風呂に入り、美歌が寝るのを待ってから朋之がいるリビングに戻った。平日ではあるけれど朋之は連休が取れたので美歌の小学校生活スタートを見守ることにしている。と言いながらビールの缶を開けているので起きてくるのは遅くなるかもしれない。

「森尾君と会うとはなぁ……」

「しかも、同じクラスってな」

 美咲も何かお酒を飲もうかと一瞬思ったけれど、起きられなくなっては困るのでジュースを入れてきた。

「昼間さぁ、美歌と何話してたん? 学校で」

「学校で?」

「俺と森尾が話してたときに、秘密とか言って」

「あ──ははは、美歌、ははは! ……森尾君もかっこ良かったはずやのに、なんで森尾君じゃなくてトモを選んだんか、って」

「……それで何て答えたん?」

「美歌は、パパのほうが好き、って言ってたから、それと一緒って言っといた」

 美咲は笑い、朋之は複雑そうな顔をしていた。

 中学一年のときに美咲は森尾と出会い、それまでに見たことがないタイプの顔だったので最初こそ気になったけれど、性格を知れば知るほど好きにはなれなかった。逆に外見がクリティカルヒットした上に知れば知るほど好きになったのが朋之だった。

「そうそう、森尾君……塾でも先生に反抗してたし」

「あ、それ、何やったん? 俺も立ってたんやろ?」

「うん。ほとんどの男子が宿題してきてなくて、どうするんや、って聞かれてて……」

 森尾が長らく立たされていたのは、厳しくて有名な国語の時間だった。

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