第5章 現在─春、再会─

第15話 入学式の朝

「そんな奴おったなぁ」

 朋之は、竹田の存在を忘れていたらしい。

「懐かしいな……あいつ静かやったしなぁ。同じクラスもならんかったし……」

 美咲は在学中に竹田と話した記憶はないし、進学した高校も違った。通学電車が同じ時間だったので毎日のように見かけてトラブルもあったけれど、それはまた別の話だ。

 四月初旬の朝、美咲と朋之は美歌の入学式に来ていた。江井中学の近くに新しく山を拓いて出来た住宅街の家を購入し、小学校は徒歩圏内にある。ちなみに中学校も街の中にあるので、美歌はおそらく江井中には行かない。

「美歌、元気良くな!」

「はぁい!」

 美歌が教室に向かうのを見届けてから、美咲と朋之は式場である体育館の保護者席に向かう。少し早かったので席は空いていて、新入生がよく見える場所を取った。

「自分の時のことは忘れたなぁ。他の記憶はあるけど」

「ありすぎやろ? 俺……、美咲の横で滑ったことも忘れてたわ」

「ははは! 良かったなぁ、鞄が顔面直撃してたら、確実に鼻血出てたやろ?」

 中学の鞄は大きくて、美咲はいつも中身がパンパンだった。置き勉が禁止だったので教科書類と、家で使うために英語の辞書と、お弁当と、体操服と、たまに漫画だ。もちろん、置き勉している人もいたけれど。

「あれ……もしかして、山口君? と……紀伊さん?」

 後ろから声をかけられて朋之は振り返った。

「え? ──誰……?」

 声をかけてきたのは、森尾喬志だった。年相応の外見にはなっているけれど、かつて優等生だった頃の面影はわずかに残っていた。彼は美咲と朋之が再会した同窓会には来ていたけれど、その次は欠席していた。

「森尾、なんか、イメージ変わったな?」

「そう? 髪型? 山口君……なんで紀伊さんと一緒におるん?」

 森尾は、美咲と朋之の関係をまだ知らないらしい。

「……森尾君も、子供の入学式?」

「そやねん。息子でな。今日は仕事やけど……シングルやから」

 確かに彼の左手には、指輪はついていなかった。一人で荷物を沢山持って、少し辛そうだ。

「大倉君がいちばんトラブルなさそうやなぁ。高井も結婚遅かったし……」

「大倉君? 高井も結婚したんや。二人は? なんか、珍しい組み合わせやけど。……もしかして、結婚してんの?」

 森尾の質問に、朋之は「まあな」と笑った。


 時間になり、新入生が二クラス、担任の引率で会場に入ってきた。気合いを入れてピシッとしている子、わけが分からずキョロキョロしている子、それでも全員、本当に嬉しそうだ。

「なぁ、あれって、篠山先生やでな?」

 森尾はいつの間にか朋之の隣に移動してきていた。

「そやで。今年からこの学校やって」

 森尾は不思議そうな顔をしていたけれど、朋之はそれ以上は話さなかった。あとで話すとだけ伝え、美歌を探した。

 上級生からの挨拶や担任の紹介があって、新入生が退場するのを待ってから教室に移動した。

 森尾の息子は、美歌と同じクラスだったらしい。

「保護者の皆さん、もっと中へどうぞ。あ──ははは、かつての教え子がちらほらと……」

 そして担任が篠山になったとも、既に聞いていた。

 改めて篠山から挨拶があって、保護者は一旦、外で待機になった。もちろん森尾は、美咲と朋之にいろいろ聞きにきた。

「いつ結婚したん?」

「前──同窓会来てたやろ? あれから二年くらい後やな」

 当時のことを朋之は森尾に話した。同窓会で再会して、裕人を入れて三人で会うことが増えたこと。朋之が美咲をHarmonieに誘ったこと。二人とも他の人と結婚していたけれど、違う理由で離婚して、再婚したこと。Harmonieはえいこんとも交流があって、篠山がえいこんの代表をしていること。

「私は特に再婚は考えてなかったんやけどね」

「子供がな、めっちゃ俺に懐いてて……。また話すわ。俺より美咲に聞いた方が確実かもやけどな」

 朋之は笑ってから、話題を裕人や高井のことに変えた。裕人にも小学生の子供がいること、いまでもときどき会っていること、高井ともたまに会うけれど、面倒なので詳しいことは教えないようにしていること。

「森尾君って、トモと同じ高校やったよなぁ? 升岡君とか……」

「そうやな。でも、誰も同じクラスはならんかったよな。大学の志望校別のクラスになったりして。……そういえば紀伊さんも、一緒に受験せんかったっけ?」

「したよ……落ちたけど」

 落ちたときは、多少のショックはあったけれど。

 私立の女子校に通うことになって、女の園に慣れてしまって、大学も女子大を選んだ。おかげでなかなか彼氏ができなかったけれど、結果的に朋之と再会できたので後悔はしていない。

「ところで森尾、おまえ子供のときシンガポール行ったん?」

「え? なに急に? 行ったけど、なんで?」

「やっぱりか……」

 美咲は笑っていた。

「一年とき同じクラスやったやん? クラスの子は〝行ったって言ってたやん〟って言うけど、社会の先生には何回聞かれても〝行ってない〟って言ってたから」

「ああ……めんどくさいやん」

 森尾は当時、クラスの女子たちに人気だったけれど、それは最初だけで。

 成績は確かに良かったけれど、性格はあまり良くはなかった。

「あと──塾でもさぁ、先生を怒らしてたやろ? 長いこと立たされてたやん。あのとき、男子ほとんど立ってたんちゃうかな……」

 美咲の記憶が確かなら、塾に来ていた危険物体たちはほとんどが立っていた。定期試験対策の授業で、学校別になっていたときだ。

「まさかなぁ、あんなこと言うとは……」

 朋之と森尾は『何言った?』と聞いてきたけれど、美咲は教室から出てきた美歌の声に振り返った。全員で篠山と一緒に靴を履いたようで、篠山の姿もあった。

「美歌、友達できた?」

「うん! シュンくん!」

「シュン君? あ、森尾君とこの……」

 森尾しゅんは、美歌の前に座っていたらしい。父親に似たのか、今のところはなかなかのイケメンだ。

「あっ、先生!」

「あら、美咲ちゃん。美歌ちゃん、元気にしてたよ」

「美歌……、森尾君とこの子と仲良くなったみたいで……」

「そうなのよ。びっくりしたわ。あ、森尾君、お久しぶりです。大人になったねぇ」

 篠山が森尾と話し始めたので、美咲と朋之は篠山に軽く挨拶をしてから他の保護者たちにも挨拶をしに行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る