第6章 過去─意思表示─
第17話 妙な懐かしさ
「美咲ちゃーん、おはよう」
「あ、おはよう」
三年の一学期始業式の朝、美咲は通学路で侑子と一緒になった。途中で友人が何人か加わり、学校前の坂道まで来ると知っている人が近くに多くいる。
「何組になってるかなぁ」
「また侑子だけ違うクラスやったりして」
「それはないって。多分」
正門に到着すると、彩加は既にいた。彩加の隣には、前年度の担任がいた。もしかすると今年度もその可能性があるし、希望としてはそれが良かった。
「おはよう。あれ? 彩加ちゃん、まだ見てないん?」
先生たちはクラス発表の紙を配っていたけれど、彩加は怖くてまだ見ていないらしい。
「嫌やぁー、先生、怖い」
言いながら三人はそれぞれ紙を受け取って、自分のクラスを探した。
(えっと……一組……二……あ、五組か)
美咲は三年五組だった。
「あー、侑子、五組ー、あ、美咲ちゃん一緒やん」
侑子は喜んでいたけれど。
「うわー、うち一組?」
今回は彩加だけが違うクラスだった。
「一組かぁ……でも良いやん。うちらまた高井と一緒やねんで」
「えー、高井? 嫌や……」
「うち森尾と一緒」
侑子と同じクラスになったのは良かったけれど、高井佳樹まで一緒だった。
「しかも大倉君もいてるし」
その他の危険物体と言われる目立った集団は、とりあえずいないようだ。
「
松山
「えー誰それ。知らん。新しい先生かな」
「三年は知ってる先生が良かったなぁ」
そんな話をしながら、三人は靴をはき変えた。そして自分のクラスに直行、ではなく、朝の放送当番だったので一旦放送室に行って、予鈴が鳴って音楽を止めてから階段を上った。校舎の中央の階段ではなく、端にある階段だ。
(そういえば山口君って八組やっけ)
八組の担任は、去年の担任だ。
(あの人のことやからまた何かやらかしそうやな)
七組・六組の前を通り、五組の前で彩加と別れた。
「じゃあ、また帰り、
教室に入って、とりあえず席についた。そして改めてクラス発表の紙を見て、美咲は妙な懐かしさを覚えてしまう。
(あれ? 何このクラス? 知ってる名前いっぱいあるやん)
同じクラスになったことがある生徒は少なかったけれど、ほとんど全員が知っている名前だった。
(そりゃ、二年もあったら知ってる人も増えるけど……)
それにしても多すぎた。
直接関わったことがない人がほとんどなのに、何故か知っていた。
それは美咲が合唱コンクールのときに彩加や侑子と司会を任されていて、同級生の名前はだいたい知っていたからかもしれない。伴奏と指揮をする生徒の名前は何度も確認したし、伴奏をするメンバーもだいたい決まっていた。それ以外で特に覚えていたのは、男女共にやんちゃで有名になった人たちだ。
「あれ? 紀伊さん一緒なん? 久しぶりやな」
一年のときに同じクラスだった
「知ってる人いっぱいおるなぁ」
そう思っていたのは、美咲だけではなかったらしい。特に構えずに話せそうな人は少なかったけれど、本当に、妙な懐かしさがあった。
担任、松山孝臣は美咲の過去の担任の中では最高齢だった。第一印象はヒゲ。何故かある鼻の下の長いヒゲ──伸ばしているのに理由があるのは後に知ることになる──。担当は社会。通勤途中に見かけた古墳に興味が湧いたらしく着任式で長い話を始めてしまい、長すぎるので他の先生からストップがかかっていた。
(こんな先生、嫌や……しかもこのクラス……)
改めてよく見ると、名前と顔が一致しないクラスメイトはほんの数人だった。けれど彼らのことを全く知らないのではなく、名前か顔のどちらかは知っていた。
(しかもこのクラス、有名人だらけな気がする……)
うるさいだけの高井。破壊仲間の裕人。他にもやんちゃで有名な男子が何人もいたし、学年で一番成績が良い女子まで一緒だった。
「はぁ、ほんま変なクラスやわ」
クラスの用事が終わって放送室に行ってから、美咲はため息をついた。
年季の入った機材がたくさん置いてある上に、敷き直すには物を全て外に出さないと無理だと思われるカーペットはいくら掃除をしても綺麗にはならず、放送部員以外の人に放送室は『臭い』と言われていたけれど。夏には扇風機が使え、冬にはストーブが使え、美咲にとっては憩いの場所だった。もちろん、扇風機やストーブも何年も前の物で、扇風機はガタガタいっていたので〝強〟にはできなかったけれど。
CDやカセットテープを持って来れば、昼休みに校内に流すだけでなく勝手にデッキで聴けた。壁にはアイドルのポスターやコードなどがたくさん掛かっていて、それも少し埃っぽかった。先輩たちが残してくれたメッセージもやはり埃っぽかったので顧問に何度もゴミ箱に入れられたけれど、大事なものなのでその度に壁に戻した。
放送室には不要な紙がたくさんあって、丸めてボールをよく作った。教室でボール遊びは宜しくないし、そもそも男子たちに取られているし、紙のほうが安全だった。放送室の角のほうに山積みされているカセットテープの中から有名時代劇のオープニング曲が見つかったのはいつだっただろうか。登校時には女声の校歌を流していたけれど、男声のバージョンもあった。
たまに片付けることはあっても、大掃除をしようとは誰も言わなかった。
臭い、と言われる理由のひとつは、ストーブで紙を燃やしていたからだ。小さな火はすぐに消えたけれど、なかなか消えないときも何度かあった。持っていると熱いので床に落として踏んだ。火が消えてから床を見ると、赤いカーペットに黒い穴があった。
「なんでまた高井とか大倉君とか……しかも副担の先生は怖いし」
「松山先生も変な頭してるしなぁ」
松山孝臣はヒゲに加え、髪型もちょっと変わっていた。
──担任は、ともかく。
彩加と違うクラスになったのは、美咲の内申点が危なかったからなのかもしれない。年度末の担任との面談で侑子との関係を確認されたときには、既にこうなることは決まっていたはずだ。
侑子は彩加より大人しかったので、美咲も大人しく過ごしていたけれど。
再会した高井と裕人と、新たに出会ったクラスメイトが放っておいてはくれなかった。
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