第3話

 自室に篭り、感情を耐えるが、涙が流れ落ち、嗚咽が溢れる。


「ううっ…………」


 しかし泣いてしまえば、目が腫れてしまう。

 だけど……溢れる涙を止める事ができなくて、何とか嗚咽だけは噛みしめる。


「ふっ……っ……」


 涙を流しながらも、沢山の本を机の上へ山積みにする。一度読んだ事がある本ばかり選んで、復習の為にもう一度読んでいて夜更かししてしまったのだと言い訳する為だ。既に、調べたい事があるから勉強に集中したいからと、誰も部屋に近づかないように伝えてある。


 翌朝、案の定目を腫らした私に侍女達は驚いたが、本の山を見て納得され、両親に少しだけ咎められただけで済んだ。

 ずっと言い訳だけは、嘘だけはついてきたのだ。正直、今更すぎる。

 心配するような親やダレンに、私は作られた笑顔でこう言うんだ、侯爵家に嫁ぐ事となるからだと、サラ様が素晴らしい人で義姉としてしっかりしたいと思ったと。ダレンにとって恥ずかしくない姉でありたいと……。

 染み付いている淑女の教育は、私にどんどん仮面を被せる事を得意とさせて、家族にすら本当の心を開けられないようになってしまっていた。



 ◇



「……ガラル……」


 いつもなら、この胸の苦しみは言葉として、表情として、ガラル相手に出すのだ。

 ガラルの前でなら、私は私として存在していたのだ。

 そんな事を実感してしまった一ヶ月。胸の苦しみと共に、どこに居ても気を抜く事が出来ず、ずっと気を張り詰めていて疲れてきている中で、明日はまたダレンとサラとのお茶会なのだ……。


「……少しだけ顔を出したら、あとは二人に任せようかしら…………っ!?」


 以前なら思いもしなかった事を呟く自分自身に、自分が一番驚いた。

 二人っきりにするなんて……当たり前でも、私がいる事で邪魔出来るなら……なんて思っていたのに。




 ◇




 息が詰まる。

 息が詰まる。

 息が詰まる。


「じゃあ後は二人の時間にしてもらおうかしら」

「リズ様?」


 思わず口から出た言葉に私自身が驚く反面、何となく腑に落ちた。もう見たくないと言う思いもあるけれど、息が詰まる。窮屈な空間でしかないのだ。

 泣いて、泣いて、泣いて、悔しくて。

 好きで、好きで、好きで、大好きで。

 ダレンに対しての気持ちが嘘だという訳ではない。決して嘘ではないのだけれど……。

 私に対して何か粗相してしまったのか、気持ちを害してしまったのかと心配しているサラ様に対して、笑顔を向けようとしたのだけれど……。


「お義姉様!?」

「リズ様!!」

「え……」


 ハラハラと、目から涙がこぼれ落ちる。完全に無意識で出てきていた涙だけれど、何とか止めようとするも次から次へと溢れてくるばかりで、一向に涙が止まる事はない。

 慌てたようにダレンがハンカチを差し出してくれて、サラ様は暖かいミルクティーと蜂蜜をメイドに頼んでいる。二人が私を心配して慌てている様子が何か嬉しくて、心地よくて、涙を流しながらも少しだけ笑みが溢れる。


「お義姉様?」


 少し怪訝そうな表情をしながらダレンが声をかけてくる。そうね、私、ダレンにこんな姿を見せた事ないもの。

 いつもいつも、一番良い私を見せる事しかしてこなかった。嫌われたくない……ただそれだけで……素の私を見せて愛される努力のようなものは一切してこなかった。

 ダレンが何か粗相をしたら嫌いになってしまうかもしれない、それはきっと……愛情ではなくて……。


「リズ様……お淋しいのですか?」


 心配そうに、しかしおずおずとサラ様がそんな事を言う。

 ガラルが居ない事をダレンから聞いているのだろう。私達は仲の良い婚約者と言う事も知っている筈だ。

 だからこそ、こうやって二人の逢瀬に私も呼んでくれていたのだろうか。サラ様の優しさにダレンも惹かれたのだろうか。

 じーっとサラ様を見ていると、慌てたのかサラ様がカップに手をあてて紅茶をこぼしてしまう。


「失礼致しました!」

「サラ!火傷はない!?」


 謝罪するサラ様に対し、何よりも身の安全を気にするダレンは、予備だろうハンカチで素早くサラ様の手を拭いている。

 受け入れ、許し、愛する。

 きっと私は……。


「そうね……ガラルに会いたいわ……」

「会いに行けば宜しいではないですか」

「会いに行きましょう」


 そう呟いた私に対して、二人は力強く肯定して背を押してくれた。

 会いに……行っても良いわよね……。

 確かめても……良いわよね……。


 ◇


「ガラル!」

「どうしたの?リズ、何かあった?」

「別に何もないわよ」


 あれから、将来の為と言いつつもガラルに会いたいんでしょうと両親にも言われ、快く送り出してもらえた。

 ガラルの領地に着いて、相変わらず二人だけでお茶をしている為、素の姿で言葉を交わす。


「あのね……私、勘違いしてた」

「勘違い?」


 ドキドキした。

 ダレンの動き1つ1つに着目して、言葉1つに感情揺さぶられて、心苦しくもなって、沢山泣いた……けれど。


「恋では、なかった。愛ではなかったの」

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