第47話 瑶曰く




「何も動きがない……」


「どうかされました? お姉様」


 両手いっぱいに簪を持ったようが私の顔を覗き込む。瑶は私を着飾ろうと自身の装飾品を瑞香宮ずいこうきゅうから持ってきたところだった。

 

 私は近い瑶との距離を取ろうと椅子の上でのけ反る。


「いえ、あれから数日経ったのに、大きな動きがないなと思いまして」


「毒殺騒動ですか? 殿下がうまくおさめると仰っていたのであれば、全部任せておけばよろしいのではないですか?」


「それは、そうなんですけど」


 琉杏るあん玉鈴ぎょくりんの処遇がかかっているので私も積極的に関わりたいのだが、悧珀りはくが全て収めると言って私の干渉を一切跳ね除けているのだ。故に、私は今何が行われていて、何がどういう状況なのか把握できずにいた。

 瑶は丸い大きな目をくるりと回す。

  

「今はそんなこと放っておきましょう? それよりも!わたくしが持ってきた簪、きっとお姉様によくお似合いになりますの!つけてみてもよろしいですかっ?」


 さらりと瑶に流されて、私の背後に瑶が回り込んできた。お姉様の髪の毛に合法的に触れる……なんて呟きと引き笑いが背後から聞こえてくる。部屋の隅で私達を監視する明睿めいえいの顔が引いていた。


 瑶は毎日のように私のもとに来ては、ほぼ終日桂花宮で過ごしている。明睿阿子あこも諦めたようで、遠巻きに見守るばかりだ。


 悧珀と私に全て暴露して吹っ切れた瑶は、楚花そかや鐘家当主の言いつけも全て無視し、自身のやりたいことを好きにやるようになっていた。

 模範的な深窓の姫君から、性癖を拗らせた問題姫君への転身だ。あまりの変化に戸惑う周囲を無視した行動は、金家へ報告が飛ぶのも時間の問題だろうといったところだ。 


「これなんてどうですか? 天河石てんがせきを使ったものですごく色が綺麗なんですの!」


 結われていた髪を下ろされて、瑶が器用に結い直していく。組紐づくりが得意という瑶は、髪を編むのもうまかった。

 私は鏡越しに瑶を見やる。

  

「悧珀様殺害のために毒の入手の指示を桃春とうしゅんに出したのは瑶なのですよね? 何故桃春はその毒を悧珀様にではなく私に使ったのでしょうか?」


「まあ、折角のお姉様とわたくしの逢引ですのに。毒の話がそんなに気になるのですか?」


 瑶は不満げにぷくりと白い頬を膨らませる。


「お姉様の質問なのでお答えいたしますが……。わたくしは特に何か桃春様に指示をしたというわけではございませんので、手配を頼んだときの会話の内容しかお話できません」


 逢引じゃないと思うが、否定すると話が長くなりそうだから流す。瑶は自身の滑らかな頬に指を滑らす。


「桃春様はわたくしに、『太子妃は柊月しゅうげつより瑶様が相応しいと思う』とおっしゃったので、わたくしは『わたくしがもし太子妃になることがあれば、オトモダチの桃春様をいい立場に引き立てます。あと、オトモダチの桃春様に附子花トリカブトの手配をお願いしたいのですが』と返しました。それだけです」


 瑶の赤い唇が弧を描く。


「そうしたら、桃春様は二つ返事で手配を頼まれてくださいました。わたくしと桃春様のやりとりはそれだけですので、桃春様がどうしてお姉様に附子花を使ったのかまではわかりません」


 私は瑶をまじまじと見る。愛らしい顔をしているが、その内面はなかなかに苛烈であることを私は知っている。


「瑶、手を貸してもらっても?」


「勿論ですわ。嘘はついていませんもの」


 瑶の手を握る。手を伝って覗見術しけんじゅつで流れてくる内容は話してくれたものと相違ない。

 

 だとしたら、思っていたよりもたちが悪い。


「貴女、こうなる可能性も見越して桃春をけしかけましたね?」


「まさか。そんな意地の悪いこといたしませんわ」


「嘘です」


「うふふ、やっぱりお姉様の前だと隠し事ができませんのね」


 瑶はいたずらっ子のように顔を歪める。


「わたくしは太子妃になった暁にとは言いましたが、なりたいとは言っておりません。それを、わたくしが太子妃になりたいがために附子花を使ってお姉様を殺そうと画策してるのだと、勘違いしたのは桃春様の方です」


「この文脈なら誰でもそう読み取ります。まさか皇太子の方を殺そうとしているだなんて、誰が考えますか」


 瑶は無邪気に肩を竦める。


「桃春様はわたくしの意図を聞かず、勝手に暴走して、勝手にお姉様に附子花を盛るという選択をしたのです。わたくしに対して手柄を立てようとしたのか、個人的な私怨を晴らそうとしたのかは不明ですが、今回の一件、わたくしはきっかけになったにすぎません。ですよね?」

「はあ……」


 瑶の理論でいくと、水掛け論になる。毒の手配を指示した瑶か、毒を盛ろうとした桃春か。結果だけ見れば毒を盛った桃春が悪いことになる。それに尽きるのだが、瑶の大胆さには恐れ入る。


「愛しいお姉様を身勝手な理由で馬鹿にしていたのです。それ相応の罰は受けて然るべきですわ」


 ぱちんと片目を瞑る瑶に私は額を覆った。

 この言い分が通るなら、瑶自身に非はないことになり、毒殺の一件は桃春の独断で動いたことになる。悧珀にどのように説明したのかわからないが、現時点で瑶が拘束されていないところを見ると、瑶は不問に処されていると見ていい。


「もしかして、わたくしの身の心配をしてくださっての発言ですか!? ありがとうございますっ!」


 私の手がとられる。


「きっと明日にでも全て解決しますわ。そうしたら、毎日心穏やかに過ごしましょうね?」


「明日? 瑶、やっぱりあのとき悧珀様と何か話したんですね」

「あっ、これはまだ内緒でした」


 口が滑りましたと零す瑶から伝わってきたのは、『私も細かいところは知らないのですが、殿下は雑草刈りをするんだそうです』という一言だけ。

 雑草刈りという不穏な単語に背筋が寒くなる。

 

 その意味を理解したのは、翌日の朝。確かに、瑶の言う通り、翌日だった。

 日も昇らぬうちに阿子に叩き起こされ、桃春と藍家両親が拘束されたと知らされたときだった。




 

 

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