第29話 皿探し(後編)
「お疲れ様」
「後宮の人間に連絡を取ったから、もう迎えが来ると思うよ」
革袋を渡すと
「目当ての皿五枚の他に、目眩ましのためとはいえ、結構な数を買ったからね。流石に僕と君とだけじゃ持ち帰れないね」
うず高く積まれた皿の山。買った際に女性が用意してくれた適当な布で包んでもらったが、嵩張るし何より下手に運ぶと割れそうで怖い。人手が増えるなら、触らず応援が来るのを待った方が賢い。
「賊についても連絡を入れたよ。捕らえたと聞いたから安心して」
その言葉に、肩から力が抜けた。もし追手が来たらどうしようと心配していたのだ。
しかし後宮は今頃てんやわんやになってるだろう。
「横、いい?」
悧珀が私の隣を指し示したので、土のついていなさそうな場所を譲って横にずれた。
季節は小満も過ぎた。横にいる男と藍家の外で出逢ったのがもう三月も前だ。
あの頃は雪があちこちに積もってとにかく寒かったのに、今は防寒具なしでもこうして外で座っていられる。頭上の木は薄水色の空に新緑の枝葉を思いっきり伸ばし、新しい季節を喜んでいる。私が環境の変化についていくのに精一杯だっただけで、知らないうちに夏が来ようとしていた。
さっき受け取った革袋の水を飲んでいると、横から視線を感じた。顔を横に向けると、悧珀と目が合った。
「どうしました」
「今君は何を考えてるのかなと思って」
自身の腿に頬杖をついた姿勢で悧珀は寛いでいる。先程まで厳重に被っていた頭巾をずらし、端正な顔が外に出ている。そのせいか、さっき近くを通った見知らぬ女性が目をひん剥いて彼を見ていた。悧珀は気づいてもいなさそうだったけど。
私は革袋を縛って脇に置いた。地面が太陽に照らされて温かい。
「夏だなぁと」
「それだけ?」
「それだけです。あとは、帰ったら明睿達に怒られるなと」
「僕が口利きするから大丈夫だよ」
悧珀は肩をすくめると、空を見上げた。
「今日は君のお陰で皿も賊も捕まえることができたんだから、明睿もとやかく言わないと思うよ」
「そうでしょうか」
明睿や
私は苦笑いしつつ、悧珀の言葉を頭の中で反芻していた。
私のお陰で、と悧珀は言った。
私の術に価値があると認めてもらえたように思えて、少し嬉しい。悧珀は私の顔を顔を覗き込む。
「少しは息抜きになった?」
息抜き、させようとしてくれていたんだ。
私がきょとんとすると、悧珀は仕事のついでで悪いんだけどねと付け足した。
突然後宮から連れ出されて街に下りたわけだけど、これは悧珀なりの気遣いのひとつだったのか。目的は皿と賊だったにしても、悧珀が気にかけていてくれたことが嬉しい。
「はい、とても」
素直に出た言葉が出た。悧珀がふっと破顔した。
「それはよかった」
普段のどこか取り繕ったような笑みでなく、こちらを慈しむような眼差しに、ドキリと心臓が跳ねた。
……あれ。いやいや、なんで私が反応するの。顔が良い人はこれだから困る。美男子耐性がない私に、悧珀の顔は刺激が強い。
悧珀の横髪が数束顔に落ちて彼の目元を隠した。表情が隠れたことをいいことに、私は悧珀をまじまじと見つめる。
柔らかそうな猫毛の髪が風に揺れている。相変わらず彫刻のような鼻筋だな、などと思っていると、彼の形のいい唇が何かを言いかけて、止まった。
「あー……あのさ」
珍しく言いよどむ悧珀に私が首を傾げる。
と、遠くから私達を呼ぶ声がした。顔をあげると、遠くから数名の官吏とおぼしき男達と荷車がやってきているのが見えた。
暫く沈黙が降りた後、悧珀がやっとこちらを向いた。緩く上がる口角。いつも通りの彼だ。
「迎えが来たみたいだ」
悧珀が立ち上がる。何を言いかけていたのか気になるが、悧珀が続きを話す様子はない。私も悧珀に続いて立ち上がった。悧珀と私を認めた官吏らが顔色悪く走ってくる。その様は、いかに私達を探し回っていたかを物語っている。
「――
ふと、名を呼ばれた。
驚いて隣の男を見上げると、私のことをじっと見つめる琥珀色の瞳とかち合う。吊り目がちで丸い私の目と違って、切れ長の涼し気な目元だ。
「初めて私の名を呼びましたね」
驚きで口から言葉がまろび出る。悧珀はわざとらしく眉を上げた。
「気にしてた?」
「……いいえ?」
悧珀がくくと笑う姿に私は顔をそむけた。大概私も可愛くない。
悧珀がとんと私の背を押した。
「帰ろうか」
「そうですね」
慌てて駆けてくる男達のもとに私達も合流した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます