第28話 皿探し(中編2)




 路地の奥に行くにつれて露天の数は減り、人通りも疎らになってきた。昼前で晴天。日差しも明るいはずなのに高い壁に挟まれた小路はどこか薄暗く陰気だ。軒下に干された洗濯物で空が遮られているのも圧迫感がある。

 横の悧珀りはくが小さな露天を見つけて私の腕を引いた。


「ここだね」


 視線の先にはぽつんと一つ、こじんまりとした露天があった。地面に敷いた絨毯は薄汚れ、その上に大小いくつもの陶器がぎっしりと並んでいる。脇に積み上げている陶器も含めると、かなりの数が売りに出されていた。

 絨毯の横に、背中を丸めて膝を抱え込むようにして座っている小さな女性がいた。さっきの商人の話だと、名前は恐らくフーリのはず。頭と顔を覆っている布のせいで顔立ちはわからないが、袖から出ている手や腕からして若そうではある。

 

 悧珀が先に前に出る。女性は近づいてきた私達に不審そうな目を向けた。


「すみません、少し見ても?」


「……どうぞ」


 声が高い。私より少し上くらいの年齢だ。

 ジロジロと上から下まで見られているのを感じ、気まずくなる。あからさまに値踏みされている。気にしていない風を装って、悧珀とともに商品の前に膝をついた。

 地面に私の上衣が広がり、銀糸の花の刺繍が砂で汚れる。それを女性が目ざとく見つける。


「あらぁ、お嬢さん。いい服ねぇ、何処の人?」


 声色が優しくなった。わかりやすいことこの上ない。横で悧珀がさり気なく自身の顔の布を下げるのが見えた。私は、できる限り愛想よくする。


陽威よういの東に邸宅があります。今日はここあたりで見慣れない商品が見れると聞いて、しゅっ、主人と来たんです」


 主人ってなんだ、主人って。自分で言って違和感しかない。ちょっと噛んだが、まだいい方だろう。


「東ぃ? ならアンタ、いいとこのお嬢さんなんじゃない? ゆっくりしていってよ」


 急に愛想がよくなる。女性は近くの小椅子に腰を下ろした。

 きっと金を落としていってくれる上客だと思われたんだ。横で黙っていた悧珀がすっと腕を上げていくつかの商品を指さした。


「お姉さん、あそことあそこの大皿を見せてもらっても?」


「やっぱりいいとこの人はお目が高いわねぇ。いいわよ」


 女性が言われた物を手早く纏めて渡してくる。


「妻が見ますので、彼女に渡してください」


 悧珀が私を示したので、緊張しながら手を広げて彼女と手が触れ合うようにして皿を受け取った。

 覗見術しけんじゅつが発動する。


『世間知らずそうな上客が来たわね。何枚売りつけてやろうかしら?』


 思ったような内容じゃない。もしこの人が例の賊なら、早々に高値で売りさばいて手放したいはずだ。盗品の大皿をいつまでも持っていれば足がつく。早く手放して早く現金に替えたいはず。商売は金、青果店のちょうさんもそう言っていた。


 悩む私の頬を悧珀が撫でた。わざとらしく手の甲をくっつけている。


「ごめん、泥がついていたからさ」


 微笑む悧珀から術伝いに不穏な情報が流れてくる。


『彼女、手に剣を握るときにできる胼胝たこがある。ほぼ黒だよ』 


 ドキリとする。

 彼女が賊。ということは、目の前の品の中に盗品も紛れ込んでいるということだ。


『右後ろの路地に人が数名こちらを伺ってる。気配からして、多分彼女の仲間だ。ああ、振り向かないで。怪しまれる』


 悧珀はなんでもないことのように言ってのける。私は表情が強張らないよう必死に表情筋と戦っていた。


『盗品を見つけ次第、すぐここから離れるから。大丈夫、君は探すことに集中して』


 私の頬から離れた悧珀の手が背中に回る。温かい手のひらに少しだけ落ち着いた。

 目の前のフーリはそんな私達の様子を黙って見つめていた。


「他のものも見たいのですが……」

 

 私は品物を見渡す。

 もしこれで盗品を見つけ出すことができれば、私の異術も少しは役立つってことの証明になるだろうか。ここは踏ん張りどころだ。大丈夫、悧珀もついてる。何かあっても、悧珀が助けてくれる。

 腹を括った私は悧珀にぐいと近づく。さり気なく彼の手を取った。


「悧珀、お金っていくらまで出せますか?今度お客様がいらっしゃるから、できるだけいいものを揃えたいんです」


 悧珀は一瞬目を丸くしたが、にこりと微笑むと私の演技にすぐ乗ってくれた。がさりと懐から貨幣の束を出した。その額を見た女性が僅かに腰を浮かす。私もあまりの額に同じように引きそうになった。


「たくさん持ってきたから、好きなだけ買ったらいいよ」


 この台詞が似合う男はなかなかいない。悧珀の顔は頭巾で覆われて女性には見えない。もし剥き出しなら飛びついてきたかもしれない。


『この中にはなかったんだね?』


 悧珀の声が頭に響く。私は頷いて反応だけ返す。

 私は女性に向かってことんと首を傾ける。頬に手を添えて、上目遣い。できる限り世間知らずの女に見えるように、何も苦労を知らない女に見えるように。これは桃春とうしゅんがよくやっていた手法だ。こんなところで役に立つ日が来るとは。

 

「お姉さん、もし奥にもっといいお皿があれば出してほしいんです。デージーの柄と、あと鳥の絵柄のお皿もあればお願いします。お金はいくらでも出しますわ」


 デージーだけ探していると怪しまれると思って咄嗟に別の柄も混ぜる。女性はわかりやすく上機嫌になって後ろに積まれた皿を漁り出した。


「ちょっと待ってて! 今からとびっきりいいのを出すわ!」


 いくつもの皿が目の前に並ぶのを見ながら、きっとこれだと思われる品が出てくる。私と悧珀はこっそりと目配せする。


「このお皿を手にとって見てもいいですか?」


 そっと指し示した皿を女性が手に取る。私はその手に自身の手を重ねる。

 ふふと笑いが溢れるのを我慢して、心の中で勝った!と叫んだ。






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