第27話 皿探し(中篇1)




「着いたよ」


 殿下から手を離されたのは、繁華街から少し離れて周りにも人が少なくなった頃だった。私はというと、殿下の早歩きと術による消耗ですっかり息を切らしていた。


「はあ、はあ……」


「歩くの早かった?」


 殿下が頭巾の陰から私を見下ろす。そこそこの距離を歩いたにも関わらず、殿下の表情は涼しい。私はあれこれ言うのも面倒で、無言で首だけ横に振った。


「頭巾を外してもらって構わないよ。僕は人相が割れてる可能性があるからこのままで」


 許可が出たので私だけすっぽり足元まで隠れていた布を外す。視界が開けて、今いる場所が見渡しやすくなった。

 

「ここが目的の市場。色々売ってるんだけど、今回は西胡から不正に持ち帰った品を……て、言わなくてもわかってるか」


 殿下の説明に私は頷く。


「私が術を使って商人から盗品を探す、で合ってますか?」


「そう。もし盗品が見つかれば、君と僕の手柄になる。後宮での評価もあがるよ」


「よく言いますよ……」


 都合よく利用されているだけだとわかっているので、私もそれ以上は反論しない。


 今日の目的は、西胡の盗品探しだ。


 西胡の国庫に賊が侵入し、宝物数点を持ち出した。そして商隊に紛れ込んで、盗品と共に我が勞芳ロンファン国へ移動してきた説が濃厚らしい。

 

 殿下の脳内情報によると、その盗品は大きなひな菊となる名前の唐草模様の赤が基調の大皿五枚。

 それだけ聞くとたいしたことなさそうだが、盗まれた物が西胡現王の特に思い入れのある品だったらしく、あちらではあれこれ手を尽くして探しているそうだ。なかなか見つからず、絲紬之路シルクロード経由で他国に流出した線を疑って、商隊の通る国に秘密裏に捜索隊が出ているらしい。

 

 我が国の陛下はその情報を聞きつけて、西胡に恩を売れればと殿下に探すよう命じたという。

 できる限り穏便にそれを見つけることが、今回の私のお仕事だ。

 

 この道中で知れたのはこれくらいだ。そんな大層な物の捜索を私がするなんて気が重すぎるが、道連れを得た殿下は嬉しそうだ。


「なぜお皿の捜索依頼が殿下のところに来るのですか? 別の部署が担当のような気もするんですが」


「母が西胡の王室の出だったこともあって、今の西胡の外交面での窓口は僕になっているんだ。西胡絡みになると陛下からは何かと便利屋扱いをされているかな、今回みたいにね」


 殿下の形のいい眉がくいと持ち上げられた。面倒そうではあるが、やむなしといったところか。

 殿下は落ちてきた黒髪を頭巾の中に押し込みながら、声を落とす。

 

「あと、僕の身元が割れると困るから、外で敬称で呼ぶのは禁止」


「では、なんとお呼びすれば?」


「普通に名前でいいだろう? りはく、なんて名前は音だけならいくらでもいる」


「わかりました。悧珀りはく様とお呼びします」


 そう呼ぶと殿下が首を振った。


「様がつくと相手が構える。様もなし。悧珀でいいよ」


「それはちょっと」


「知り合いは誰も聞いてないのに?」


 そういう問題じゃない。皇太子を呼び捨てなんてできるわけない。 

 しかし殿下は引かない。腕組みをして私の返事を待っている。

 確かに、今の私は庶民にしては相当上等な仕立ての服を着ている。これで殿下を様付けなんてしたら、殿下がどんな身分の人間なのかと思われてしまう。ここは彼の提案に乗った方が無難だ。


「悧珀、でいいですか?」


「うん」


 ご機嫌に殿下、もとい、この場では悧珀が目を細めた。

 

 悧珀がゆったりと辺りを見渡す。つられて私も顔を上げた。

 

 細い道の両端に異国の衣装を身に纏った露天商がたくさん座り込んでいる。彼らの肌は随分日に焼け、埃っぽい服はあちこちがほつれている。路地裏にいるのは、多分駱駝だ。本でしか見たことのないから合っているかはわからないが。

 商人達の装いはまさに絲紬之路の通商といった出で立ちだ。藍家の周辺では絶対に見ない人達だ。あの辺りは治安の取り締まりが厳しいから、こんな怪しげな商人達は商売を許されない。

 

 広げた布の上に陶器や織物、服飾品がずらりと並んでいる。色も鮮やかで形も見たことのない物ばかりだ。珍しい品ばかりで目を奪われる。


「どこから見ようかな」


 横から悧珀が顔を出す。私は迷って適当に目当ての陶器を中心に置いている目の前の商店を指さした。 

 

「あそこはどうでしょう」


「いいよ、行こう。……ああ、手を。やりとりしやすいから」


 またかと差し出された手をじとりと見た。

 悧珀がはははと笑い、頭巾の下で口元が綺麗な弧を描いた。


「その反応は僕もさすがに傷つくなぁ」


 悧珀がゆっくりと歩き出した。

  

『気づいたことがあったら教えてね』


 見上げると、無言で笑顔だけ返ってきた。

 

 悧珀の後ろにくっついて店を覗く。私達に気づいた商人の男は、にこやかにこちらを見上げる。


「いらっしゃい〜。オオ、珍しいナ〜若いお客さンだ」


 何処の訛りかはわからないが、独特な調子の喋り方だ。頭に巻いた布からはみ出した男の髪は黄金色、鼻も私よりずっと高い。まさに本で見た西胡の顔そのままで、妙に感動してしまった。

 

 と同時に、自分の首元の金の環が服から出ていないか、触って確認する。

 くさびは一度つけると才門でないと取り外しができない。他人に見られると自分が異術者だと知られてしまう上に、そこそこの身分であることの証明になってしまう。

 身元を隠すなら楔も隠さないといけない。横の悧珀も同じように右手首の楔を袖の中に隠していた。

 悧珀がにこりと微笑む。

 

「少し見せてもらっても?」


「どうぞドウゾ〜」


 気のいい商人が手を広げて歓迎してくれたので、悧珀と私は地面に膝をついて商品を手に取った。

 

 色鮮やかな皿や花瓶が所狭しと並んでいる。少し砂を被っているものもあるが、どれも模様や形が珍しくとても綺麗だ。

 私に目利きの才能はない。どうしたものかと思っていたら、悧珀に手をきゅっと握られる。


『あの奥の二つ、確認して』


 視線の先の物を探す。数は多いがひな菊が描かれているとなると、探すものは絞られる。悧珀の指示した通り、該当しそうな物が二つほどあった。

 返事をせずに頷く。


「オオ〜これは仲良しサンだねぇ〜コイビト?」


 商人が私と悧珀の手を見てニコニコ笑う。確かに傍から見たら人目を気にせずくっついて歩く男女だ。否定しようと口を開きかけるが、それより早く悧珀がぐいと私の肩を抱き寄せた。


「コイビトではなく、妻ですね」


「ひぇ……」


「オオ〜! ニイヅマ!? 新妻だネ〜?」

 

 上から悧珀、私、商人の反応だ。全員バラバラで会話が成り立ってるのか成り立ってないのかわからないが、商人は楽しそうだし悧珀が面白がってるのが伝わってくるので、私は雰囲気に合わせて黙る。頬が引きつらない程度に口角だけは上げておく。

 

 肩を掴む悧珀の手から抜け出して、確認したい陶器のうちの一つを手に取る。


「すみません、あー……その、もっと絵柄を見たいので、少し磨いてもらうことは可能ですか?」


 苦し紛れの理由だが、実際皿は埃を被って汚れているのでおかしくはないはずだ。


「いいヨ〜」

 

 商人は笑顔で手を差し出してきた。ここぞとばかりに丁寧に受け取るふりをして商人の節くれ立った手に触れる。彼がくだんの賊かもしれないのだと思うと、緊張した。


 しかし頭に流れてきたのは気の抜けた声だった。


『これは人気の柄だからネ〜。安いものだけどこの子達お金持ってそうだし、少し積んでもらおうかナ〜』


 ……うん、違いそう。ぼったくられる予感もするし買うのはよそう。


「あの、これもお願いできますか?」


 目をつけていた別の品も手渡す。さっきよりも大きくて重い皿だ。


『デージーの柄ばっかりだネ。デージーの皿を探してるのかナ? あー確かフーリのところにも今回デージーの大皿があったネ。他所にやるより、ここで買ってもらいたいネェ』


 反応を見る限り違いそうな気がする。デージーは柄……ひな菊のことっぽいな。フーリは人の名前か店の名前?


「はい、どうゾ」


 磨かれた皿を受けとって吟味するふりをしつつ、商人に探りを入れる。


「この花の柄はなんというんですか? とても綺麗ですね」


「ああ、これはデージーの花の柄だヨ〜。花弁細かくて派手。絨毯や皿の柄に人気ネ」


 やっぱりデージーはひな菊だ。


「デージーというんですね。この柄のお皿は他のお店でも見れますか?」


「ううーん、どうだろうネェ?」


 客を逃したくない商人がとぼけたように肩をすくめる。うまくカマをかけて誘導するしかないか。


「さっきこの路地の入口あたりのお店を見ていたときに、お喋りな方から陶器はフーリさんのところでも扱ってるってって聞いたのです。そこにもなさそうですかね?」


「お喋りな人……あー、ハシャール? あのお喋りジジィ、色々話したンでしょ? 仕方ないなァ」


 商人が呆れたように首の後ろを搔いて、路地の奥の方を指差す。


「フーリの店、この奥ヨ。陶器扱ってるのは、ボクとフーリのとこだけ。品数少ないけど、質はイイ」


「ありがとうございます」


 礼をして手にしていた皿を返す。男に礼を言い、横で黙ってみていた悧珀の袖を引いて歩き出す。


「驚いた。思った以上に交渉が手慣れてるね」


 悧珀の目が丸くなっている。

  

「こういう風に探りを入れて相手から必要な情報を引き出すのは、昔からよくやってたんです」

 

 嫌がらせ回避のために藍家の使用人相手に、とは流石に言わなかったけど。


 

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