第14話 腹の探り合い



 

 それだけ?

 

 殿下は顎に手を当てて黙ってしまった。

 私としては更に色々聞かれるものだと思っていたのに。普通ここからもっと話が広がるものじゃないの。

 

 何も聞かれないなら私の方から聞こう。少し殿下と話して緊張が解けてきた。

 

 そろりと私が手を挙げると、殿下が目を上げる。


「ひとつ聞いてもよろしいでしょうか。私の異術をどこで知ったのでしょうか?」


 ずっと知りたかった。

 異術者は何か身体的特徴があるわけではないので、普通見ただけでわからないものだ。でなければ、両親や桃春が私の異術に気づかないはずがない。

 殿下はああ、と頷いた。


「それか。僕の持つ術具のおかげだね」


 悧珀りはく様、とすぐに緑紹りょくしょうが咎めるように声を上げたが、殿下が一蹴する。

 

「いい、別に隠すようなものじゃないだろう」


 彼の切れ長の目がするりと細められる。


「術具?」


 殿下が頷き、こちらに手を翳してきた。その細長い指のひとつに、小さな銀の環がはめられていた。


「これは皇家にのみ扱うことが許される術具のひとつでね。とても便利なんだ。これを身に着けて異術者を見ると、


「それって……」


「これのおかげで君に会った瞬間、稀物マレモノだとわかったよ。ちなみに僕は母譲りで無術者だ、残念ながらね」


 殿下が薄く笑う。

 皇家の黄一族も采四家と同じく異術の一族だが、他家と同じく異術者と無術者が混在している。術持ちが優遇される環境で皇太子の座を射止めた黄悧珀が、いかに優秀な人物なのかわかる。


「これのおかげで、僕には術者が属性毎に色を纏っているように視えるんだ。例えば、朱家の火属性なら赤、君のところの藍家なら文字通り藍色かな。ちなみに稀者は銀だね」


 思わず自分の手を見た。私は銀色を纏っているように見えるのか。


 本物の術具を見たのは初めてだ。才門の管理下で丁重に扱われると聞いたので、皇家にのみ扱えるこれも、相当高価なものだろう。

 殿下は私を見つめると、緩く口角を上げた。


「それで君の能力は? 僕はわざわざ質問に答えて皇家伝来の術具を君に明かしたんだ。なら君も教えるのが礼儀というものだろう?」


 成程。先に手の内を明かして相手を追いこむ。殿下の方が上手うわてだった。

 

 稀物だと知られている時点ではぐらかすこともできない。嘘をつけば後が恐ろしい。小心者の私には正直に話す道しかない。


「私の術は――」


 言いかけて、口が止まる。

 

 そういえば他人に術について話すのは初めてだ。考えを読む異術など、気持ち悪がられたり気味悪がられたりしないだろうか。

 

 ふと不安に駆られたがすぐに霧散した。まあ別にいいか。この人達にどう思われようと私の知ったことではない。それに、他人に話すことで発生する天与の縛りとやらもどんなものなのか気になる。


「どうしたの?」


 息を吐き出すと、殿下を真っ直ぐ見る。


「私の術は、触った相手の頭の中を読む力です」


 口に出した瞬間、身体から何かが抜けていくような気持ち悪い感覚があった。なるほど、これが力が抜け出る感覚か。

 

「相手の頭の中を読む?」


 殿下の目が見開かれる。後ろで控えていた緑紹も動きを止めた。

 

「はい。私はこれを覗見術しけんじゅつと呼んでいます。素肌同士で触れた相手のそのとき考えていることがわかります」


 本当に驚いたようで殿下の反応はない。

 やっぱりこんな術は気持ち悪いのだろう。内心ほくそ笑む。殿下はこんな得体の知れない稀物を引き当てて、さぞ残念なことだろう。


「試してみますか?」


 試しに私が手を差し出すと、殿下はじっと私の手を見つめてきた。暫し動きを止めていたが、するりと手が差し出された。

 

 嫌がるだろうと思ってたのに。まさか本当に手を出されるとは思わなかった。

 

 あっけなく差し出された手を握る。彼の手は思ったより固くて温かかった。チリチリと私の手のひらが熱くなる。

 

『この場で強気に出れる君の大胆なところは気に入ったよ。いつから自分に力があることに気づいたの?』


 顔を上げると、にこりと微笑む殿下と視線がかち合う。

 

「八歳です」


『こうしたら会話が可能なんだね。君からの一方通行にはなるけど。便利な術だね』


「……ありがとうございます」


 ゆっくりと手を離す。思っていたより術の力が落ちた感覚はない。まだ殿下と緑紹の二人にしか明かしていないから、さほど影響がないのかもしれない。


 思っていた反応と違う。

 私としては自分の術を知っている相手に触れるのは生まれて初めてで、こんな風にやりとりができるものなんだと少し感動したのだが、この人にとっては他人に頭の中を読まれるとわかって手を出したわけで。言葉も介さず会話するなんて不気味じゃないんだろうか。どうにも変わった人だ。

 

 後ろで見守っている緑紹はなんのことかといった表情をしている。会話の内容が見えないのだから、そりゃそうだろう。


「君の術は本物だ。理解したよ」


 上機嫌に殿下が膝の上で手を組んだ。白くて長い指が優雅に絡まる。私のあかぎれまみれの手とは大違いだ。

 

「――で、ここからが本題なんだけど」


 本題に入られる前にもうひとつ聞きたいことがある。というより、ずっと気になってた。


「あの」


「まだ何か?」


「自分で聞くのもあれなんですが、私が桃春……桃春様を害したとは考えていないのですか? あんな騒動があった後なのに、何も聞かれないのは逆に不安になるといいますか」


 殿下は不思議そうに首を傾げた。


「そもそも、君があの妃を害したなどと考えていないから、聞く必要もないと思っていたんだけど。言われると確かにそうだね」


「え?」


 意外な返答に驚いた。私が言うことではないが、少しくらい疑うことくらいあってもいいんじゃないんだろうか。

 

 顔に出ていたのか、殿下はふふと笑う。

 

「あんな間抜けなやり口で騙される方がおかしいよ。ああいった手合は古今東西、後宮にいるんだ。虐められた傷つけられたといって騒ぐ輩が」


 思ったより毒舌だなこの人。美形だとか目の保養だとか言っている宮女達はこの性格を知っているんだろか。


「だから、ええと、そうだな……説明が面倒だな……。緑紹」


「はい、そうくると思っていましたよ」


 呆れたような緑紹が殿下の言葉を継ぐ。


「そも、本気で相手を傷つけようとしている人間は、あの様に自分が犯人だと言わんばかりの状況下で事を起こしません。もっと巧妙に、自分だと悟られないようにするものです。嫌がらせであっても、もう少しうまくやるものでしょう。桃春様自身が柊月様を犯人だと主張されているのもおかしな話です。あそこまで強気に主張できる方が、どうして長年嫌がらせに黙って耐えてこられたのか不思議ですし、違和感しかありません」


 ですから、と彼は纏める。

 

「今回の件は、桃春様の幼稚な小芝居。綿密な計画のもと実行したようには思えないので、思いつきかその場の勢いだったのでしょうね。彼女のやり口が下手すぎました。悧珀様もそう理解されています。ですから、ご自身の身の安全を守ろうなどというご心配は不要ですよ……と悧珀様は言いたいのかと」


 緑紹の大仰なため息で話は締めくくられた。殿下と緑紹の関係性が見えた気がする。

 緑紹も優しげに見えるが、なかなかに辛辣だ。穏やかそうと思ったことを撤回する。


 とにかく疑ってないという点は納得した。そして自ら池に飛び込んでまで殿下の気を引こうと頑張った桃春が憐れである。今頃宴に最後まで参加できず、ひとり房間で着替えて取り残されていると思うと、お気の毒にとしか言えない。まあ、彼女の自業自得なのだが。


 殿下が改めて私を真っ直ぐ見た。


「納得したのであれば本題に入りたい。いいかな?」


 だめですとも言えない私は黙って肯定した。


  

  

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