第13話 尋問のような



 

 緑紹りょくしょうと呼ばれた宦官と思しき男に連れてこられたのは、普段宮女が許可なくば立ち入れない場所――東宮の後宮の最奥にある皇太子の私宮だった。てっきり桃春とうしゅんを害した侍女として一度牢に入れられるのだと思っていたのでここに案内されたときは固まった。


「……どうしよう」


 男は私をそこに通したらすぐに出て行ってしまった。すぐ戻ると言っていたが、どれくらいで帰ってくるのだろう。

 

 後宮で稀物マレモノだと明かすつもりはなかったからこそ、これからのことを考えると恐ろしい。私を知る人達……琉杏るあん玉鈴ぎょくりん阿子あこは今どんな顔をしているのだろう。

 逃げ出してしまうのが手っ取り早いが、皇太子相手に逃げ切れるほど現実は甘くない。ここに通されたときに扉の前に護衛もいた。窓には格子こうしも嵌められているし、逃げることは不可能に近い。

 

 頭が痛くなってきた。どうしてこんなことに。


「あれ、立っていないでいすに掛けていればよかったのに」


 突然人の声がした。

 驚いて振り返ると、私の真後ろに悧珀殿下がいた。音もしなかった。突然現れたかのような彼に叫ばなかった自分を褒めたい。

 急いで跪こうとしたが殿下に押し止められた。


「いいよ。話も長くなるから掛けてくれないかな」

 

 遅れていくつかの巻子本かんすぼんを両手に抱えた緑紹様もやってきた。殿下を前に戸惑っている私を見やると、にこりと微笑んで近くの長榻を示す。


「どうぞ、お掛けください」


 口調は柔らかいが、有無を言わせない雰囲気だ。これは従った方がいいんだろう。殿下も無言だ。私は恐る恐る榻の端の方に腰掛けた。

 私の前に男が膝をついた。


「お待たせてしまい申し訳ありません。色々と探しものがございまして。ああ、自己紹介がまだでした。私、仲緑紹ちゅうりょくしょうと申します。悧珀りはく様の侍官をしております」


 侍官ならやはり宦官か。後宮を出入りできるお付きであれば間違いない。

 

 侍官は悧珀殿下よりも更に線が細かった。中性的、といったらいいのだろうか。腰が細く、服装を変えれば女性にも間違われそうだ。垂れ目がちな目元が優しげで、穏やかそうな印象を受ける。


「仲緑紹様、ですね」


「様は不要です。緑紹とお呼びください」


 明らかに身なりも立場も彼の方が上なのだが、敬称なしで呼べと言われても困ってしまう。

 やはり有無を言わせずに、ただにこりと微笑む男。圧が強い。仕方ないので緑紹と呼ぶことにする。

 そんな緑紹と私のやり取りを黙ってみていた殿下が、ぼすんと手近な榻に腰掛けた。

 

「ねえ、君」


 低い殿下の声は耳に馴染みがいい。面と向かってきちんと顔を合わすと、遠目で見ていたより人間味が増す。彼は人間なのだから当然といえば当然だけど。


「まずは先日の詫びを。無理に連れ去ろうとして悪かったね」


 いきなりの本題。

 やっぱりあのときの男は彼だったのか。

 

 背筋を伸ばして私も頭を下げる。


「こちらこそ無礼を働いてしまって申し訳ございませんでした」


「どうして君が謝るの? 手荒なことをしたのは僕の方だよ」


 さらりと手の甲を撫でる殿下。その甲には薄っすらと跡が残っている。ちゃんと治って消えるかな。皇太子をキズモノにしてしまった女になんてなりたくない……。

 殿下は榻に深く座り直す。彼の長い服の裾が床を擦る。


「一応確認。君は藍家の一姫、藍柊月らんしゅうげつで間違いないね?」


「はい」


「さっきの場の池に落ちた子は君の実妹、藍桃春。これも間違いないよね?」


「……はい」


 尋問されているような気分になる。いや、これはれっきとした尋問か。

 

「それなら何故血の繋がった妹が君の異術について知らなかったの? 家族なのに。それとも、知らないと妹の方が嘘をついている?」


 玻璃はりのように澄んだ瞳が真っ直ぐに私を射抜く。相手は皇太子、交渉や駆け引きに馴れている。この場で嘘はつけない。

 ここまできたら諦める方が賢明だ。もうどうにでもなれ。


 正直に今まで私の置かれていた状況、家族からの扱われ方を話した。これまでの私の生い立ち含め、洗いざらい全部だ。

 

 ある程度話しきったところで、殿下はふむと腕を組んだ。


「家族に稀者だと言わなかった理由は? 言えばきっと手のひらを返して君をチヤホヤしてくれただろうに」


 聞かれるだろうなと思った。私は自身の拳に視線を落とす。

 

「……稀者としてあの両親にいいように利用されるのが嫌だっただけです。ただの意地です」


 正直に答えると、殿下は私をじっと見つめた。

 しばらく黙って、ようやく出た言葉は。


「意地っ張りだね」


 それだけだった。

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