第4話 厄介払い
父が私を見る。湯呑が当たったところが痛む。濡れたまま床に座った状態で聞けというのか。戸口に近いこともあって冷気で身体が震える。
「お前を桃春の侍女として後宮へ入れることとなった」
「……え?」
「は? お父様? どういうこと?」
思わず声が出た。桃春も初耳だったようで、目を丸くして勢いよく顔を上げた。さっきまで泣いてたんじゃないのか、とつっこみたいところだが、私もそれどころではなかった。
「後宮での桃春の世話係として侍女を三名つけるが、そのうちのひとりを柊月にすることになった。柊月、桃春を主人とし、後宮で桃春の身の回りの世話をするのだ」
「待ってお父様! 私聞いてないわ!」
私が何か言うより早く、桃春が声を上げる。
「なんで無術者のお姉様の面倒を私が引き受けなきゃいけないんですの!? 別の人にしてください! お姉様は家で今まで通り雑用でもやらせておけばいいじゃないですか!」
「落ち着きなさい、桃春」
「でも……!」
私そっちのけで桃春が駄々をこねる。
私自身は後宮であれ桃春の侍女であれ、この家を出ることができるというのはとても魅力的な話だった。閉鎖的な藍家に閉じ込められっぱなしより、後宮で働けた方が幾分マシだ。
優しい顔で父が桃春の手を取る。
「もし柊月が使えないと思ったら、お前の判断で解雇しなさい」
「解雇……?」
「そうだ。そうすれば柊月は後宮から出されて、お前の前には二度と姿を現すことはない。後宮に入った日から、柊月はお前の姉ではない。侍女……つまり使用人だ。好きに判断しなさい」
これは……。
父の意図するところを理解して、私は口を結んだ。少し遅れて、桃春もああと呟いて口角を上げた。
「わかったわ、お父様。お姉様が
使えなかったら解雇するんじゃない。多分これは早々に解雇される。
こんなの体のいい厄介払いにすぎない。そして両親は解雇された後の私を藍家に戻さないつもりだ。使用人という体をとって、私という存在を都合よく家から追い出そうとしている。
それってなんて――――嬉しい報せだろう。
このまま喜びで走り回りたい気分だ。
口角が上がらないよう、精一杯真面目な顔を取り繕う。
私はこの時を待っていたのだ。
今までこの生活から抜け出そうと、脱走すること数知れず。その度に連れ戻され、しこたま叱られ殴られてきた。
無賃で働かせることのできる、使い勝手のいい娘。両親は私を使用人か、それ以下にしか考えていない。お金のない藍家に、使用人は最低限しかいないからだ。
弟の
桃春が無事後宮入りすれば、外廷よりたんまり給金が入る。よって私のような不要者をわざわざ手元に置いておく必要もなくなったのだろう。
望むところだ。家から出れるならなんだっていい。そのためにこれまで我慢してきたのだ。これで藍家のしがらみから抜け出せるなら、こんな幸せなことはない。
「――わかりました。桃春の侍女として励みます」
真面目なふりをして私が答えると、父はふんと鼻を鳴らした。母と桃春は嘲笑うようにこちらを見下ろしていた。
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