第22話
「学校を作りたい?」
「ええ」
私のひらめきをタジラ王は不思議そうに聞きかえした。
「学校はすでにアズラク大学が存在している。私塾もあるはずだが」
アズラク公国にはアズラク大学のほかにも、多くの私塾、大学には及ばないが学問に携わる組織が存在する。
「けれど、それらに通う者たちは、貴族の出か、裕福な商人の子供たちです。国民の多くは子供のころから働き、学びの場を持つことはございません」
「確かに、そうではあるが……」
タジラ王は現在以上に学校を作りだすことに意味を見出してはいないようだ。
なにせ、文字や数字は働きながらも覚えることができる。商品を扱うにはラベルを読めなければならないし、通貨のやり取りをするうえで数字を知らなければならない。
とはいえ、それは必要最低限の話だ。
日常的に文字を読むことも、ましてや書くこともない。特に職人や、商人の下で働く者たち、あるいは農家の間では識字率は非常に低い。
「商人であれば働きながらも読み書きが学べるでしょう。しかし、アズラク公国を支える国民の多くは、学ぶ機会が非常に限られます」
「しかし対象が多すぎる。急には作れないだろう」
前向きに検討はしたいが、とタジラ王は眉を顰める。
私の唐突な発案に渋る理由は理解していた。
資金面の問題だ。
ゴルドバーク家に続き、テトラ商団とも摩擦が起こっている。
特にテトラ商団との間では、一方的にダイアンを処刑したということになり、両者の関係に亀裂が走っている。
テトラ商団の内心も理解できるが、アズラク公国としても
そのような状況だ。今はなるべく無駄な出費をおさえたいところ。なので学校を作りたいというニナの要望に二つ返事でうなずくことはできない。
だが、ニナもそれは重々承知のうえ。
「ご安心ください。かかる資金は、王の想定よりも10分の1ほどになると思われます」
「ほう」
タジラ王は興味深げにこちらを向いた。
「学校といっても、必要最低限の読み書き算術を習う場です。施設はそれなりの敷地に、屋根と黒板があれば十分です」
そして、ここからが重要だ。
「実際に国で運営する学校は、モデルケースとなる1校のみです」
「他は」
「商人や貴族、あるいは、大学の卒業生に作らせ、あるいは国で作ったものを任せます」
つまり、国から民間へ委託するということだ。
特に大学卒業生は有力候補。卒業生の多くは国から文官として雇われることを目指している。しかし、当然全員が望み通りに行くわけではない。中にはあぶれるものもいる。
そのような卒業生たちに職を与えることも可能になる。
国からは最低限、土地代、建物代、初期の運用費用といった定期的な補助金を出すだけでいい。あとは現場が動かすのだ。補助金を出すことで学費は抑えられ、通学のハードルも下がる。
丸投げにも感じられるだろう。しかし大量の学校を国が全て運営するよりも、委託することでより柔軟な対応がとれる。
特に教育対象は年齢も学力もばらつきが大きい上に人数が多い。なので個人や団体で、小規模の学校を運用すればそれらにも対応可能となる。
「そう、うまくいくだろうか」
「王は、はるか東の国に存在していた『ほらふき王』という物語をご存知ですか?」
「……いいや」
「かつてはるか東の国にはほらふきの王がいたそうです。その王さまは息をするように嘘を吐く。王さまが嘘をつくものだから、家臣も国民たちも嘘を吐く。
しかしある日、嘘を理由に王さまは王妃さまに嘘を吐かれ逃げられてしまいました。
それから王さまは嘘を吐かなくなり、やがて家臣も国民も正直者となり、王妃も戻ってきたそうです」
かつて本で読んだ物語をかいつまんで語る。
「では私もニナに逃げられてしまうかな? ニナの話が聞きたくて知らないと嘘を吐いた」
「いいえ、私は王が嘘つきでも正直者でも一緒にいますわ」
そうではなく。
「これは、上に立つ者が正しい姿勢を見せれば、下の者はそれに続く、という寓話です。ですので、最初のモデル校で理想を示せば、その後に続く学校も成功する可能性が高いのです」
「それだけではございません」
そもそも、学校を作り識字率を上げることには大きな利益がある。
「王は、ワルダさまとダイアンを別ったものは、いったいなんだとお考えですか?」
「責任と組織への理解だろう。ワルダは理解し、あの男は理解していなかった」
「そうです。その理解に重要な要素が、教育です」
私は王が持っていた書類、その文字列に視線を落とす。
「ワルダさまは王族の一員として教育を受けておりました。しかし、テトラ商団の子供たちは多くが幼少より働くため、教育の場がないのです。
教育がなく。教養なき者には、あのときの彼のように、言語を介したとしても、本質的な意味を理解することはできません」
「だからこその、学校か」
「はい。恐らくこの世には、ダイアンのようなものたちが多く存在します。情報を精査しきれず、大局を理解できない者が、です。どんなに頭脳たる貴族や商人たちが賢くとも、手足となる国民が愚かでは、いずれこの国は腐敗します」
「教育への投資は、いずれ国の財産となる。というわけか」
私の力説に、タジラ王はゆっくりとうなずいた。
こうして、学校創設の計画は動き出した。
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