第17話
「タジラ王、どうかお休みになって」
「私に指図する気か?」
「い、いえ」
進言した兵士はタジラ王の睨みつけに鳥肌を立たせる。
アニータは護衛の兵士に紛れながらその後を追った。
主人であるニナが所在不明である以上、アニータはニナの夫であるタジラ三世につかえるべき。
と、いうのは建前だ。単純にこのタジラ王であればニナを真っ先に見つけるであろうというアニータの従者としての勘だ。
勘とはいえ、あながち間違ってはいないとアニータは思っている。
なにせこのタジラ三世は、ニナのことをそれはそれは大切に扱っているからだ。
戴冠式でニナが倒れたとき、すぐそばにいるアニータの次にタジラ王は駆け寄ってきたのだから、確信は得ている。
その後も、宮殿はニナが居心地のいいように整え、ニナの要望は全て200%応えようとしている。
しかしタジラ王は女性相手が下手なのか、ニナへ宝飾品ではなく本などを贈るため、なかなかその愛情がわかりにくいが。
とはいえタジラ三世の生活がニナを中心に回っている、ということをアニータは、いや彼女以外にもほとんどの家臣や宮殿関係者が、知っていた。
ただ一人、母国とアズラク公国の関係に気をもんでいるニナ本人が、その愛の重さを理解していないだけだ。
そのようなタジラ三世なので、ニナが行方不明、しかも誘拐となれば草の根をかきわけ、この国をひっくり返してでもニナを見つけ出すはず。
アニータは、我が主人はとんでもないお人に好かれている、と密かにため息を吐いた。
ただ一つ解せないのは、タジラ三世が何故それほどまでにニナを寵愛しているのか、その理由がわからないことだ。
まあ単純に、昔会ったことがあるとか、そんなことだろうとアニータの女の勘が語っている。
そんなタジラ王は周りの兵士など気にせず市場をずんずんと突き進む。
本来であれば玉座に戻り報告を待つべきだが、居ても立っても居られないのだろう。
もしやこの状況で一番混乱しているのは、タジラ三世ではなかろうか。アニータは思った。
ニナが消えた市場全体を自身の目で探してから、宮殿に戻り大掛かりな捜索を指揮するつもりらしい。混乱と冷静がせめぎ合っている様子が見て取れた。
ニナを探すタジラ王の藍色の目と、それを囲む兵士に、市場に集まっていた客も商人もさぁっ、と波のように引けていく。
「タジラ王!鐘楼付近でニナ王妃を連れた鳥人の目撃が!」
報告に走ってきた兵士。その言葉に王は瞳孔が開いた目を向ける。兵士も何事かと見物していた者たちも一瞬すくんだ。
それが隙となった。タジラ王は鐘楼へと真っ先に駆け出す。おいていかれた兵士は慌てて追いかけた。
アニータはその小柄を活かし、誰よりも早く王に近づいた。
「タジラ王!」
大柄な王の歩幅は広い。アニータはすぐに並走する。
しかし彼女の視界は金色で塗りつぶされた。次いでガシャンシャリンと鳴る金属音。
タジラ王がその装飾を煩わしいとばかりに放り投げている。中には初代から継いできた宝飾品も。
ネコ婆しようとする者たちを兵士はやいのやいのと止める。その間にもタジラ王は鐘楼へ走る。
最後に衣を剥がした。
「あ」
アニータは声を上げる。
それは、鐘楼から落ちようとしているニナを見たから。
そして。
衣の下から現れたタジラ王の白銀の羽毛が、翼のように広がったから。
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