第16話

 テトラ商団との談話中。タジラ王に一人の兵士が耳打ちした。

「王よ、お耳に入れたいことが」

 ひそひそと伝えられた情報。タジラ王は目を見開く。

「失礼、急用が」

 王はすぐさまテトラ商団との談話を切り上げた。

 ジャラジャラと金の装飾が重たい音を響かせながら、タジラ王は表へ出る。

 その先には、アズラク公国では珍しいメイド服の少女、アニータが乱れた装いを直していた。

 タジラ王に気づいたアニータは、ほどけた髪をそのままにかしずく。

「申し訳ございません。タジラ王」

「前置きはいい。ニナが攫われたとは、本当か」

「……はい。ニナさまと市場を眺めていたところ―」

 端的に状況を説明する。

 大量の商人に囲まれていたアニータからは、灰白の鳥人がニナを攫うように見えた。

「隊長!」

 捜索に向かっていた兵が駆け戻ってきた。

「ニナ王妃を連れた鳥人を市場で発見しました」

「つかまえたのか」

 隊長ではなくタジラ王が詰問する。

「いっいいえっ、人が多くとらえる前に王妃を連れていかれ」

 王の鋭い目に、兵士は声が裏返った。

「そうか」

 低い声。息が詰まる。

 アニータだけでなく、鍛え上げられた兵士すらも委縮していた。

「何をしている」

 声を出せない兵士たちを、タジラ王は一瞥する。

「使えるものすべてを使え。なんとしてでも見つけ出せ」

 ぎり、と握られた拳が鈍く音を立てた。

「ニナを、私の妃を、傷ひとつなしに取り戻せ!」




******




 ダイアンは私を抱え市場を駆け抜けた。兵士を撒き鐘楼を駆け上がる。

 定時で鳴らされる鐘の部屋。誰もいない場所でようやく私は降ろされた。

「はぁ、大丈夫? ニナ?」

 私は即座に距離を取る。しかし部屋の入り口にはダイアンが。背後は何もはめ込まれていない大窓、そこから先に足場はなく、地面ははるか遠い。

「怖がらないでよ。俺は本当にニナを心配しているんだ」

「でも、兵士の人たちを撒いてまで……」

「静かに二人で話がしたくて。だって、タジラ王は君を離す様子がないからね」

 言葉の裏を探ろうとする。だがタジラ王と異なり、平坦な瞳からは感情が読み取れない。

「あの言葉、本気だというの」

 まるで、『ダイアンと共に来てほしい』という意味を含む言葉。

「もちろん」

 ダイアンは微笑む。

「俺と共に来れば、アズラクなんて狭い世界で君を終わらせることはない。世界中の国に海に、共に旅することができる」

「けれど」

「そこには、君を王様の機嫌取りにする人たちはいない。君をアクセサリーにする男もいない。ニナがニナとして正当に評価され、ニナ自身の人生を生きることができるんだ」

 ダイアンは手を差し出す。

「さあ、俺と一緒に行こう」

 

 ニナはじり、と半歩下がる。

「あなたには……二度も助けてくださった恩義があります」

 一度目は溺れたところを引き上げられ、二度目は商人に囲まれたところを逃げさせてくれた。

「そちら件に関しては、後ほど、正式に御礼を申し上げます。命を救ってくださったのですから」

 ですが。

「それらとは分け、あなたの提案に手を取ることはできません」

 きっぱりと、確かな声で断った。


「どうして?」

 ダイアンは表情を変えず、こくびを傾げる。

 その仕草は、昔のディアンと似ていて、けれどあの子とは全く異なる。

「どうしてって、ダイアン、あなたは……」

 私は決して、彼をディアンとは呼ばない。


「ワルダさまとの、婚約者だったじゃありませんか」


「なんだ、知ってたんだ」

 ずっ、と一瞬で距離を縮めたダイアン。

 私は思わず後ずさりをした。

 けれどそれはいけなかった。

「あっ」

 後ろに足場はない。

 私は大窓から空中に放りだされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る