第15話

 ドレスとはいえ地味な方だ。王宮関係者を示す腕輪を隠してしまえば、市場にでても群がられることはなかった。

「あれはクラット、南の島でしか取れない果物。あっちはパイツン、西方にいる珍獣」

 商店に並べられた見たこともない品々を指し、ダイアンはすらすらと語る。

 今まで文字や押絵でしか見たことのない品ばかり。私は、会食への気がかりを忘れ、つい夢中になって耳を傾けてしまう。

「あ、これおいしいんだよ」

「え?」

 ひょいと会計もしていない品物をダイアンは口に放り込んだ。

「食べてみなよ」

「支払いは?」

 私にも渡そうとする。

「大丈夫だよ、テトラ商団の店だもん」

 そう、ダイアンは店主と気さくにあいさつをしている。

 店主の背後から、とことこと鳥人の子供も出てきた。

「ディア!そのひとだぁれ?」

 裏で仕事をしていたのか、シミの付いたエプロンをかけ、くりくりとした目でこちらをうかがう。

「大切な人だよ。俺の」

「えー?なにそれ?」

 まだ世間を知らない年齢だ、ダイアンの言葉に含まれた意味は判別できないらしい。こどもはきゃらきゃらと笑う。

「あなた、ここで働いていらっしゃるの?」

 目の前の子供は7歳かそこらではなかろうか。しかし服装からしても、ままごと程度に親の仕事を手伝っているわけではないようだ。しっかりと一人の従業員として数えられている。

「そうだよ!あ、まだとちゅうだった。じゃあね、ディア!」

 パタパタパタと軽い足音が店の奥へと消えていく。

「しっかりしているのね」

「テトラ商団では赤ん坊でも商店を手伝うからな」

「まぁ」

 さすがに赤ん坊は誇張表現だろうが、幼いころから大人に混ざって仕事を学ぶのだろう。

 私は以前、紙の横領の際手伝ってくれた鱗人の子供二人を思い出した。あの子たちも先ほどの子供と年齢は同じくらいかもしれない。

「船に乗って、世界中を旅してまわるんだ。男も子供も女も関係ない。みんな仲間さ」

 面白いだろ? と笑いかけるダイアンに、私は笑い返した。


『風よ吹け♪ 吹け吹け風よ♪ 

羽に教えろ♪ 海の果てを♪

帆を立てろ! 舵を切れ!

ハイヤー! ホイヤー!』


 ダイアンは船乗りの歌を口ずさむ。

 彼の元気な歌声に、周辺の人々も笑顔になった。

 突然の行動に私は驚きつつも、つられて笑う。

 彼は面白い。商品だけでなく、由来の土地やそこに住んでいた人々の話。彼が実際に船に乗り、自身の目で見てきたからこそ語ることのできる物語を聞かせてくれる。

 くるり、とダイアンは振り向いた。

「ニナも一緒に船に乗れればいいのにな」

 彼の発言に、私は目を見張る。

「私は……」

 一瞬、船に乗った自分を想像し、頭を横に振った。

 そのようなことは許されない。私はアズラク公国の王妃。故郷のため嫁いだ身だ。裏切りの責任を負うのは、私だけではない。

 けれど、ダイアンはさらに私に近寄る。

「タジラ王の隣よりも、ニナはニナらしく生きることができると、俺は思うよ」

 声を潜め、しかしはっきりとささやかれた。

 私は目を丸くしダイアンの顔を直視する。

「会談のとき、君は怯えていた。常に、タジラ王の顔をうかがっていた」

 ダイアンは一歩、私に近づく。

「けど、俺はそんな顔させない」

 その声は、冗談などではない。

「俺なら、この思いを全て、言葉で伝えることができる。だから俺と―——」


 ダイアンの言葉は鈍い足音で途切れた。

 兵士だ。私を探しに来たに違いない。

 彼らの元に駆け寄ろうとした私を、ダイアンのかぎ爪が抱き寄せた。

「ちゃんと聞かせてよ、返事」

 耳元でつぶやかれた瞬間、風のように素早く、ダイアンは私を連れ去った。

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