第11話
五日後。
街道を連なり走る馬車を、私は窓から眺めた。
あの馬車に、ゴルドバーク家の子息、息女が乗せられている。
ゴルドバーク家の本拠地は北東の山岳地帯だ。そこから二、三日かけようやくこちらへとやってきた。
タジラ王の決定はこうだった。
『ゴルドバーク家は、5歳から15歳までの子息、息女を、宮殿へと出向させる』
すなわち、人質だ。
5歳から15歳までの子息、息女は、これからを担う子供や若者。その世代を握られることで、ゴルドバーク家はアズラク公国、タジラ王に歯向かうことはできない。
加えて、出向に期限はない。抜き取られた世代がいつ返されるのか、そして世代の抜き取りはいつまで行われるのか。それらは明示されず、ゴルドバーク家はただ従うしかない。
そして抜き取られた世代が帰ってきたとしても、彼、彼女らはアズラク公国からの教育を受けて返される。ゴルドバーク家という集団に固執し、身をささげるようなものはほぼいない。
教育された子供が戻り、その子供が子供を産み、生まれた子供は教育を施される。その循環の中で、やがて、ゴルドバーク家は緩やかにそのつながりを失ってゆく。
取り潰される以上に尊厳を破壊されているのではないだろうか。
私は子供たちの身を案じ目を伏せた。
「ニナさま」
アニータにそわりと落ち着かない様子で呼ばれる。
「どうかしたの?」
「それが、ニナさまへ謁見したいと申すものがいまして」
「かまわないわ」
なにを戸惑っているのだろうか。アニータらしくない。
「その、ゴルドバーク家の者なのですが……」
「そう」
私は一度視線を床にやり、再び真っすぐアニータに戻した。
「問題はないわ。客間に通して」
私はもう、アズラク公国のタジラ王妃。
国を裏切ったゴルドバーク家、そして国民でもあるゴルドバーク家。その恨み言もなにもかも、耳を傾けることが私の役目。
背筋を伸ばし、客間へと向かった。
宮殿の一画に作られた、仮設の建物。施工期間は四日。まだ外壁も塗らずにレンガがむき出しのそれは、完璧な宮殿の中でまるで異物のように目立つ。
仮設の出入り口には兵士が立っている。中のものを守るというよりも、中のものを逃がさないための警備だ。
私はアニータを連れ、そこへ向かった。
深緑のドレス。新品のそれは、衣の擦れる音を響かせる。
私に謁見を求めた、ゴルドバーク家の者。それは、ワルダの乳母だった。
ワルダは、高齢の乳母に幼い親族を任せ、シン皇国へとたった。その際、私へ渡して欲しい、と包みを預かっていたそうだ。
私への報復に躍起になっている男たちを前に、乳母はなかなか包みを渡す機会がなかったという。
しかし、今回、子供たちの付き人として宮殿に入ることができた。このチャンスを逃すまいと私へ謁見を申し立てたという。
そして受け取った包みに、深緑のドレスは入っていた。
手紙などはなく。ただ、ドレスだけ。
しかし、言葉は不要だった。私はドレスを目の前にしたとき、ワルダが何を思い包んだのか、そのメッセージが手に取るように分かった。
アニータは、私に取り入りゴルドバーク家への罰を軽くする狙いがある、と勘繰っていたが全く異なる。
深緑は私の色。そしてドレスのつくりは、アズラク公国特有のデザイン。
このドレスは、ワルダから私への激励。そして同時に彼女の奮闘の印。
『私はあきらめていない。故郷を離れても、決してくじけることはない。だからあなたも』
ドレスに袖を通すとき、もう二度と会うことはない戦友の声が聞こえてきた。
その声に背を押される。
私はそのドレスを纏い、アズラク公国の女王となる。
誰一人取りこぼさない。その歴史を、消させはしない。
ワルダが遺した、ゴルドバーク家の子供たちを孤独にさせはしない。
夜。
宮殿敷地内に仮設された建物。ゴルドバーク家の子供たちが住まわされたここに、私は足を踏み入れた。
敬礼する兵士たちに楽にするよう笑顔で返す。
扉替わりの布を避けた先に、子供たちはいた。
不安な顔でこちらを見上げる子供たち。表情に影があるが、着ている服は上等で、ひどい様子はない。いわれのない暴力にさらされたわけではないと知り、密かに胸をなでおろす。
私の顔はまだ知らないのだろう。敵なのか味方なのか、と値踏みするような視線がこちらを貫く。
「お前たち、頭を下げなさい。タジラ王妃、ニナさまであらせられますよ」
乳母が慌てて子供たちの頭を下げさせた。最年少の子供は何が何だかわからずに、無理やり頭を地面につけさせられる。
「かまいません。楽になさい」
私はなるべく柔らかい笑みを浮かべ、面を上げさせた。
「ゴルドバーク家の子供たちですね」
「はい。ニナさま、いかようなご用件でしょうか」
頭は上げたが、まだ膝は地面についたままだ。
私はなるべく柔らかな声を作る。
「ベッドや部屋数は足りていますか? お腹は空いていない? 親元を離れ、初めての夜です。不安に思う子もいるでしょう。今夜は子供たちと言葉を交わしたいと訪れました」
姿勢を楽にして、と乳母のしわのよった手を取る。
「まずは私から、昔話でもしましょうか」
ベッドの上に座り、幼い子供たちを呼び寄せた。
「みんなは寝物語を聞かされたことはある?」
「うん」
一番幼い子がおずおずとうなずく。
「では、ひとつ、私がこの国に入るさい聞いたお話をしてあげましょう」
すぐ隣に座らせた子の頭をなでる。まだ親に甘えたい盛りの子供だ。
「むかしむかし―」
『むかしむかし。白砂漠の集落に、花のような娘がいた。
ある羊飼いが娘をみそめ、娘は羊飼いと共に旅だった。
故郷を離れ、砂漠を越え。
故郷を離れ、河を越え。
故郷を離れ、山を越え。
遠くへ遠くへ。
けれども娘は、望郷に泣くことはない。白砂漠を求め涙をこぼすことはない。
ルルルルと歌に故郷はあるから。
ルルルルと歌えば故郷はそこにある。
娘のそばに、故郷はある』
物語を数個語り終え、こてんと幼い子供が寝てしまうころには、他の子供たちもあくびをしていた。
子供の頭を撫で、乳母に預ける。
故郷を離れた砂漠の娘の物語。ワルダへの手紙にもしたためたこの物語は、望郷に泣く私たちを慰めてくれる。
故郷は土地だけにあらず。声に、言葉に、物語に潜んだ故郷へ、私たちはいつでも帰ることができるのだと。
この物語は教えてくれる。
私はふたたび、こどもたちの頭を撫でた。
理不尽なしがらみゆえに故郷から離されてしまった子供たちの、穏やかな寝顔を前に、夜はふけた。
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