第10話
私を襲った犯人は、ゴルドバーク家の者だった。
罪人へと落ちたセタン。そして、シン皇国へと送られたワルダ。それらの恨みから、原因となった私を亡き者にしようと、暴挙に出た結果だった。
「極刑……ゴルドバーク家の取り潰しも視野に入れるべきだ」
議場。タジラ王の言葉に、集まっていた臣下はざわめく。
隣に座っていた私も身を固くした。
腕に巻いた包帯を撫でる。王様には身をいたわるように言われたが、会議へ半ば無理やり出席した。
「なにを驚く。私の妃へ刃を向けたということは、王である私に刃を向けたも同然だ」
今まで、垣間見るしかなかった、冷徹な王の顔が全面に出ていた。
「しかし、王よ。ゴルドバーク家は我が国の貿易を担う名家。それを取り潰すとなりますと。貿易へのさらなる影響が」
臣下は焦っている。
ただでさえ、横領の一件で不安定になっている貿易経済。それだけ、ゴルドバーク家の力は強かった。
さらに、現在のアズラク公国は数年前と比べ経済の低迷期を迎えている。原因は、何度も続く貴族の取り潰しだ。
悪行を働く貴族をタジラ王は、王座に座る前、王子の時代から赦なく徹底的に潰してきた。
怠惰な貴族が処罰される、まではいい。しかし取り潰しとなればその貴族が持っていた諸外国や商人へのパイプも失ってしまう。いかに正義があろうと、その結果ついて回る経済の混乱は避けられなかった。
これ以上経済を揺るがすようでは……。と臣下たちの不安は大きい。
しかし、王の言葉は重い。
グラン王国との国交を開いた功績は、民衆、商人の心を掴んでいる。タジラ三世が黒と言えば、白も黒になる勢いだ。
王がやれといえば、国を興してゴルドバーク家を潰すこともできるだろう。
だが、それは一線を越えることだ。
もはや王は自身の感情を以ってゴルドバーク家への処罰を決定している。そこには国民や国への配慮はない。
いかにその二面性を飲み込もうと、いかにその冷徹さを理解しようと、一線を越えた彼の隣に私はいることができるだろうか。私は、彼と共に物語を語り合うことができるだろうか。
いいや。
私は静かに、深呼吸する。
「王よ」
議場に交わされる言葉の間隙に、私は入り込んだ。
家臣の、そしてタジラ王の視線が私を貫く。
「私の所有物を盗み、あまつさえ命を狙ったゴルドバーク家の罪は重いものです」
落ちつくようにゆっくりと瞬きをした。
「しかし、その罪に激情し、今後数百年と得られる利益を手放すことは、いかがなものでしょうか」
一部の臣下が、私の言葉に耳を傾けようと、腰を据える。
「ゴルドバーク家は鱗人の家系です。そして、我が国、アズラク公国の人口の4割は鱗人が占めています。さらに、最大の貿易国であるシン皇国もまた、鱗人の国家です」
ワルダを、彼女の赤い鱗を思い出す。
「ゴルドバーク家を取り潰すことは、一時的な安心を得られるでしょう。ですが、同時にゴルドバーク家が保有する鱗人の緻密かつ太いネットワークすらも、失うことになります。長い目で見れば鱗人国民の支持を失い、さらに、シン皇国との貿易にも亀裂が入りかねません。
今一度、お考え直しを。国の根幹を揺るがしかねない決定に、感情を―ましてや私情を挟むなど、王としての信頼が疑われます」
議場には沈黙が落ちる。
私は眉を動かさず固い仮面をかぶっていたが、その下では心臓が飛び出そうなほどに緊張していた。
家臣たちがタジラ王の回答を待つ。
「そうか……」
王の目が緩やかに弧を描く。
「では、その利益とやらを、徹底的に献上してもらうじゃないか」
王は嗜虐的に笑んだ。
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