第1部 第10話

 ヒイロは、今までの会話が聞こえていただろうなと思いつつもサトウさんにムカイとの会話の内容を伝えました。


「すみません。サトウさん。この周辺は生い茂っている木々の影響により、ヘリでの救助が難しいポイントらしいんです。そこで、僕がサトウさんをヘリで救助できるポイントまで運ぶ、もしくは僕が捜索隊本部に直接サトウさんを運ぼうかと考えているのですが、サトウさんの希望はどっちとかありますか?」


「そうだなぁ。俺は大丈夫だから一気に運んじゃってくれ。」


「ムカイさん!サトウさんから了承をもらったので、僕が直接、本部までサトウさんを運びます!」


「わかった!こちらから提案をしといて変な話だが、気をつけて戻って来てくれ!」という言葉に、ヒイロは「はい!」と力強く答え、持っていトランシーバーをリュックにしまうと、サトウさんを背負いました。


「では、行きましょう!しっかり僕に掴まっててくださいね!」とヒイロが声をかけるとサトウさんは特に怖がる様子もなく淡々と「あぁ。わかった。」と答えました。


落ち着いた様子のサトウさんに自分への信頼を感じ取ったヒイロは、それまで心の中で渦巻いていた不安な気持ちが消えたことを確信しました。ヒイロは覚悟を決め、サトウさんの恐怖心を刺激しないよう慎重にゆっくりと飛び立ちました。ヒイロへの信頼から落ち着いていたサトウさんですが、やはり地面が少しずつ離れていく感覚には勝てず無意識にヒイロを掴む力が強くなっていました。それを感じ取ったヒイロは、サトウさんの恐怖心を和らげるため、飛ぶ高さを生い茂る木々の梢よりも1メートルくらい離れた高さにしました。


「うお~!本当に飛んでる!すごいなぁ!」と興奮した様子のサトウさんは、「なあ?もっと高く飛ぶこともできるのかい?」と、ヒイロに尋ねました。


「はい、東京タワーのてっぺんの高さまで飛んだことあります。」


「へぇ~!すごいな!それだったらさ、スカイツリーの高さで飛んだことはあるのかい?」


「さすがにスカイツリーの高さは怖いです。」


「ハハハ!そりゃそうだ。スカイツリーは600メートル以上だもんな!そりゃあ怖いよな!」


「そうですよ!600メートル以上の高さは怖いです。あ、サトウさん。飛んでる高さですが、今の高さで大丈夫ですか?」


ヒイロは疑問に思ったことを聞いてみました。すると、サトウさんから少し意外な答えが返ってきました。


「う~ん。最初は怖かったよ。でもさ、こんな高さで空を飛べる機会なんて、そうそうあるものじゃないから、興味深さが勝っちゃったよ。」


「空を飛ぶ感覚を知りたいから協力してほしい。」

と頼んできた友人たちが音をあげた高さよりも高い高さで飛んでいるにもかかわらず、怖がらずに楽しんでいるサトウさんを通して、ヒイロは初めて空を飛んだ時のことを思い出しました。


当時のヒイロは、光のぬしに「空を飛べるようになりたい。」という願いを叶えてもらった出来事を夢だと思いつつも、好奇心が勝り自宅のベランダの柵を登って飛び降りました。飛び降りた瞬間に正気を取り戻したヒイロは、直後に襲う強烈な痛みに耐えようと目をギュッと、強くつむりました。目を強くつむって数秒経っても痛みが襲ってこないことを不思議に思い、ゆっくりまぶたを上げると激突するはずだった地面が離れて見えました。本当に自分が「空を飛べる」ようになったことを確信したヒイロは、嬉しくて恐怖心なんてどこへやら。気付いたら自分の家よりも高い高さを飛んでいました。


ヒイロは、サトウさんが当時の自分と同じ感覚を持っている人だと分かり、サトウさんに出会えたことを嬉しく思いました。同じ感覚を持ったサトウさんに出会えた事が嬉しくて、ヒイロは思わず


「サトウさん!今のスピードで飛んでいる方が安全なんですが、スピードをもう少し上げると風を感じられて気持ちいいんです!どうしますか?」と聞いていました。聞いた直後、ヒイロはサトウさんが空を飛んでいる状態を「楽しい」ではなく「興味深い」と言っていたことを思い出し、自分の発言を後悔しました。


(サトウさんが『興味深い』と言ってくれたのは、他に言いようがなかったからではないのか?)とヒイロは考えましたが、サトウさんは「そりゃいいな!ぜひともお願いするよ!」と答えました。


思ってもない返答にヒイロは(この発言もサトウさんが優しさから言ってくれているのかもしれない。本当はいち早く捜索隊の本部に行きたいだけじゃないか?)と考えましたが、急にそんな風に考えるのが馬鹿らしくなりました。


(どうせ本音はわからないのだから、本当に興味を持ってくれていると思おう!)

とヒイロは考えることにしました。


「じゃあ少し飛ばしますよ!しっかりつかまっていてください!」

とサトウさんに向けて言うとスピードを上げて捜索隊の本部に向かいました。途中でスピードを上げたこともあり、10分もかからず捜索隊の本部に無事に到着しました。救急隊員の人たちが近づいてきたので、サトウさんを渡してムカイの所に行こうとしたところ、


「待ってくれ!キミ!」サトウさんが呼び止めました。


「助けてくれて、本当にありがとう!命の恩人の名前をまだ聞いていなかった。君の名前を聞かせてほしい!」


命の恩人だなんて大袈裟だなと思いつつ、「ソラ・ヒイロです。」とヒイロは答えました。

それを聞いたサトウさんはにっこりほほえむと、「そうか。覚えておくよ。ありがとう!ヒーロー!」と言いました。

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