第7話 鬼さん、お礼を言われる
「な、なんだぁ……?」
「【鬼】さぁーん! いたら返事してくださぁーい!」
Sランクエリアに、少女の声が木霊する。
なんとも聞き覚えのある声。
これは……あの時の少女だ。
確か兎華モモイとかいうアイドル配信者なんだっけ?
ネットに書いてあった。
仕方なく俺はねぐらから動き、忍び足で声の方角へ行ってみる。
そしていつぞやのように物陰に隠れつつ、チラッと向こうを見た。
「私はお礼を言いに来たんですぅー! だからお話しませんかぁー!?」
間違いなく、あの時と同一人物。
しかも今回もしっかりドローンが飛んでいる。
きっと配信中なのだろう。
「あの子、Sランクエリアで大声出すとか死にたいのか……!?」
自殺行為である。
自分から敵を引き付けているようなものだ。
放っておけば、数分後にはモンスターの胃袋に収まっているかもしれない。
それに――どうにも俺と会いたがっているみたいだし。
「あ~、もう……仕方ない」
放置はできんよな。
寝覚めが悪くなり過ぎる。
配信に映るのはすっごく嫌なんだけどさ。
仕方なく、俺は彼女の前に姿を現すことにした。
「……おい」
「! あっ、お、おおお【鬼】さん……!」
ビクッと肩を振るわせ、こっちに振り向く少女。
やはりまだ俺のことが怖いらしい。
ふむ……やっぱりここは脅かして帰らせるべきか。
「……なにをしに来た。死にたくなければ帰れ」
できるだけドスを効かせて声で言う。
彼女は表情を強張らせ、ゴクリと喉を鳴らす。
だが――
「み……皆、今の聞いた!? 【鬼】さん、私に忠告してくたよ!」
「……は?」
「これって、心配してくれたってことだよね!」
”聞いた!鬼さんいい人やん”
”ただ帰ってほしかっただけでは?”
”すぐに襲ってこない時点で有能”
”やっぱモンスターじゃないのか?”
”怖いけどいい人。ギャップ萌え”
”モモイちゃん、もっと話して”
”鬼さんの話めっちゃ興味あります”
「うん! 頑張ってお話してみるね!」
ズイッと距離を縮めてくる少女。
度胸があるというべきか、なんというべきか……。
ってか、この配信って何人が観てるんだろう……?
怖くて聞く気もおきんわ。
「わ、私は兎華モモイっていいます! アイドル配信者をやってます! どうぞモモイと呼んでください!」
「は、はぁ……」
「まずは、先日は助けて頂きありがとうございました! あのご恩は忘れません!」
”ちゃんとお礼言えて偉い”
”鬼さん微妙に引いてて草”
”やっぱ知性あるね。人間?”
”少なくとも害はないみたい”
「そ、それでご相談なのですが、少しお話を伺ってもいいでしょうか!?」
「……嫌だ。帰れ。帰ってくれ」
「帰れません! インタビューさせてください!」
……それはご相談ではなく強要では?
まるで押し売り営業みたいだな。
この子、なんだってそんな俺に突っかかるんだ……?
「【鬼】さんは、人間なんですか?」
「……言えない」
「【鬼】さんは、いつからここに居るんですか?」
「……言えない」
「【鬼】さんは、奥さんや恋人はいらっしゃるんですか?」
「……聞いてどうする?」
”なんも答える気なくて草”
”でも意思疎通はしっかりできるね”
”やっぱコスプレなんだって。ヤラセヤラセ”
”アホなこと言うな!モモイちゃんが殺されたらどうする!”
「む……それじゃあ最後の質問です」
「ハァ……なんだ?」
「あなたは――鈴木タクミさんですか?」
「――ッ!」
思わず目を見開き、全身に力が籠る。
足元の地面がひび割れ、ズン!と音を立てて陥没。
いつの間にか、無意識に拳も握り締めていた。
「ひぅ……!?」
そんな俺の姿がよほど恐ろしかったのか、ガクガクと足を震わせ始めるモモイ。
”怖っっっわ!!!”
”モモイちゃん超逃げて!”
”はい確定”
”やっぱ人間なのか!?”
”でも死んだ人なんでしょ?どういうこと?”
”人間がモンスターになるとか前代未聞”
――しまった。
今の反応は明らかにやってしまった。
驚きっぷりからして、もう完全に俺が鈴木タクミだとバラシているようなものだ。
でもまさか、モモイの口から俺の本名が出るとは思わないだろ!
「やっぱり……鈴木タクミさんなんですね……」
「俺は……」
「タクミさん! も、もしよろしければ、私と――!」
彼女はなにか言おうとする。
だが、その矢先だった。
「……!」
俺の耳は足音を感知。
これは……人間の足音だ。
それも結構な数だな。
10……15……20人はいるか
しかもダンジョンを歩き慣れてる。
たぶん、探索者の集団だ。
……嫌な予感がするな。
「モモイ、物陰に隠れてろ」
「え? あ、あの――」
「いいから! 俺がいいと言うまで、絶対に顔を出すんじゃないぞ」
半ば無理矢理モモイを隠れさせる俺。
すると、
「……よおタクミ。元気そうだなぁ、ええ?」
現れたのは――大勢の探索者を引き連れた、小太りな男。
かつて俺が所属していたブラック企業『株式ギルド・黒槌』の社長、猿山カネオだった。
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