第6話 アイドル配信者さん、もう一度会いたがる
「駄目だ。何度も言ってるだろう?」
事務所の机に肘を付き、マネージャーさんはため息交じりに言う。
でも私は、彼の言葉にどうしても納得がいかなかった。
「どうしてですか!? あの【鬼】さんにもう一度会いたいんです!」
「モモイ……もう勘弁してくれよ」
マネージャーさんはメガネを外し、目がしらを指で擦る。
なんだかとても疲れた表情だ。
「件の配信以来、ウチの会社は対応に追われっぱなしなんだ。社長なんて今日も記者会見なんだぞ?」
「そ、それはわかってますけど……」
「今だって事務所の前を記者が見張ってて、碌に身動きが取れやしない」
彼はオフィスブラインドの隙間から外を見る。
実際、外は私目当ての記者さんで一杯。
まるでスキャンダル中のハリウッドスターにでもなった気分だ。
あの配信の前は、こんなの絶対あり得なかったのに。
「そんな中で、もう一度キミをSランクエリアなんかに送り出してみろ。炎上どころの騒ぎじゃ済まないぞ!」
「うぅ……」
「あぁ……すまん、言い過ぎた。とにかく、キミは生きて戻ってこられた奇跡をもう少し噛み締めるべきだ」
マネージャーさんの言いたいことはわかってる。
彼は彼なりに私の身を案じてくれているし、守ろうとしてくれているんだ。
そもそも私をSランクエリアに送り出したことも後悔してるようだし。
――あの配信は、私の人生を一変させてしまった。
最終的に、配信の同時接続者数は5000万人を突破。
自動アップロードされたライブ動画の再生回数は10億回を突破してしまい、無数の切り抜き動画が拡散。
”兎華モモイ”と”鬼”は連日SNSにトレンド入りし、海外のニュースでも「日本のアイドル、鬼に救われる」と紹介されてしまうほど。
私のチャンネル登録者数も1億人を突破し、世界中からお仕事の案件が届いているらしい。
期せずして、私は時の人となってしまったのだ。
謎のモンスターと遭遇して生還という事実も評価され、一部では私を称賛する人たちもいる。
だけど……私はちっとも嬉しくない。
だって私は、ただ助けられただけなんだもん。
ファーヴニルドラゴンに襲われた時、カタカタ震えていることしかできなかった。
もし賞賛されるべき人がいるなら、あの時助けてくれた【鬼】さんの方だよ。
彼は――【鬼】さんはモンスターなんかじゃない。
私、【鬼】さんにお礼を言わなくちゃ……!
「いいかいモモイ、頼むからしばらく大人しく――」
マネージャーさんが言いかけた時、机の上の内線電話がプルルルと鳴った。
「ん……今度はなんだ? はいはい、どうし――え?」
「……?」
「ダンジョン調査庁対策部・第9課が……!? なんでウチに――!」
酷く驚いた顔をするマネージャーさだったけれど、次の瞬間にはドアがコンコンとノックされる。
『失礼します』
そしてマネージャーさんの返事を聞くよりも早く、ドアはガチャリと開けられた。
最初に入ってきたのはメガネをかけたショートヘアの女性。
続けて屈強な身体を持つ黒スーツの男性が四名ほど。
「ダンジョン調査庁対策部・第9課主任の
「す、すまない。今は忙しくて――」
「ご安心を。お話を伺いたいのは……兎華モモイさんの方ですから」
「え――?」
ふと、トウコと名乗った女性と目が合う。
彼女はニッと笑い、私に向けてウィンクした。
▲ ▲ ▲
「……なぁにこれぇ」
今や住居となった洞穴の中で、俺は呟いた。
スマホの画面に映る、自分の切り抜き動画を観て。
”この鬼強えええええ!!!”
”ファーヴニルドラゴンをワンパンとか悪夢だろ”
”ドラゴンってこんな簡単に倒せるんか!?”
”こんな雑魚のドラゴンなら俺でも殺れるぜ”
”無理に決まってんだろエアプ乙”
……こんな感じで、この動画だけで数千件のコメントがある。
しかも切り抜き動画は無数に上がっているらしく、既にMAD動画まで作られている始末。
”検証勢がこれ合成じゃないって結論出したらしいよ”
”でも未だにコイツの正体不明なんでしょ?”
”特定厨でもわからないってホントにモンスターか?”
”Oh!これがジャパニーズ・オーガですか?COOL!(英語)”
”海外ニキたちにも鬼は大人気だな”
”ってか「誰にも言うな」とか言ってるのにめっちゃ晒されてて草”
ヤバい、最後のはめっちゃ恥ずかしい。
顔の浮き出た血管から火が出そう。
あんな決め台詞みたいなこと、言わなきゃよかった……。
っていうか少しSNSとかニュースサイトを開けば、どこもかしこも俺の話題しかないんだが。
大バズりしちゃってるじゃん。
「なんで……なんで俺、有名になってるんだぁ!?」
――考えもしなかった。
あの時助けた少女が配信者で、ドローンを使って撮影しているなんて。
マジかよ、今時ドローンでダンジョン配信とか普通なの?
少し前まで、ビデオカメラとかスマホでやってたんじゃなかったっけ?
いや詳しくは知らんけど。
「最悪だ……どうしよう……」
俺はスマホを寝袋の上に置いた。
幸い、まだスマホにはネットが繋がっている。
だからポータブル電源で充電してやれば、外部の情報が知れる状態だ。
あのブラックなウチの会社のことだ、死亡後の電話会社への手続きなんて後回しにしてるんだろう。
ま、俺としては助かるけどさ。
「それにしても――【鬼】か……」
言い得て妙だが、確かに似ている。
俺の今の姿は、日本の伝承に出てくる鬼にそっくりだ。
だぶん今後は、【鬼】ってモンスターが図鑑に登録されるんだろうな。
ああ嫌だ嫌だ。
「……このままじゃ、見つかるのも時間の問題だぞ」
あれだけ話題になったとなれば、間違いなく調査チームが国から派遣される。
あるいは、手柄目当ての探索者が討伐しに来るのが先か。
いずれにせよ勘弁だ。
「近々ねぐらを変えなきゃか……。どこに隠れたもんかね……」
ゴロンと寝そべり、う~んと頭を悩ます俺。
すると――
「――――【鬼】さーん! どこですかー!?」
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