第3話 鬼さん、強かった


【悲報】

 俺氏、怪物に転生してしまった模様。


 どうしよう。

 マジでどうしよう。


 いや――落ち着け。

 素数を数えて落ち着くんだ。


「そうだ、今は何時……? 一体どのくらい眠ってたんだ……!?」


 俺はまずスマホの日付を確認する。


 すると『新宿ダンジョン』へ潜った時から丸3日が経過していた。


 会社からの電話やメールも大量に届いていたようだが、履歴を見ると数時間前からパタリと途絶えている。


「死んだ……と思われたんだろうな」


 会社に所属する探索者は、ダンジョンへ潜った際に綿密な連絡と報告を求められる。


 それはノルマ達成の可否報告と、生存を確認するためだ。


 ダンジョンの中は危険で満ち溢れている。


 常に死と隣り合わせだ。


 実際、ウチの社員に限らず毎年何人も死者や行方不明者を出している。


 だからウチでは、数時間おきに必ず上司に連絡しなければならなかった。


 ――で、その連絡がダンジョン内で突然途絶える。


 どうせ「モンスターに食われでもしたのだろう」と判断されたのだろう。


 ところがぎっちょん、俺は生きている。


 生きてはいるけど――


「参ったな、こんな身体じゃ地上に戻れないぞ……」


 見た目は完全にモンスターのそれ。


 浮き出た血管が滅茶苦茶に不気味だし、目は真っ赤だし、オマケに角まで生えてる。


 これで「俺は人間です」なんて言っても絶対信じてもらえない。


 ダンジョンを出た途端――どころか探索者に会った途端、殺されるのがオチだ。


 っていうか、人間がモンスター化するなんて話は聞いたことがないぞ。


 人間に似たモンスターが存在したり、ダンジョン内で野盗化した探索者が同業者を襲う、という事例は過去にもあった。


 しかし人間が変異するというのは、俺が知る限り前代未聞。


 なんなら、俺は自分がどんなモンスターになったのかさえわからない。


 よしんば地上に戻って殺されなかったとしても、国に捕まって体のいい実験動物にされる未来しか見えないよ……。


「これから、ダンジョン内で隠れて生きていくしかないよなぁ……」


 もう選択の余地はない。


 鈴木タクミという人間・・は、死んだのだ。


 幸い、俺はダンジョンの知識は豊富。


 特に『新宿ダンジョン』には詳しい自信がある。


 どんなモノが食えるのか、どこなら人と出会わないのか、およそわかってるつもりだ。


 伊達に毎日社畜をやってたワケじゃ――


「……そっか、あの社畜生活から解放されるのか」


 なら、それも悪くないかもな。


 残業だらけでほとんど家には帰れず、社員をゴミのように扱うパワハラ上司の下で働き、安い給料でどうにか生活費をやりくりする。


 夢を持って始めた探索者だったのに、ただ生きるだけで精一杯の、虚無な毎日。


 それから解放されて、自由に生きられる。


 一度死んで、怪物に生まれ変わってから自由になるとか、とんだ皮肉だな。


「悲観しても仕方ない。とりあえずここから――」


 落ち着ける場所へ移動しようと、俺は立ち上がって砂を払う。


 しかし、その直後――


『ブフウゥゥ……』


「――! ホブゴブリン!?」


 俺のいた場所へモンスターがやって来てしまう。


 緑色の巨体と怪力を持つホブゴブリン。

 Bランクモンスターの中でも厄介な奴だ。


 俺はすぐに迎撃態勢に入ろうと、腰の剣を抜こうするが――スカッと手が宙を切る。


「! しまった! 剣はあのモンスターに折られたんだった……!」


 辺りを見回すと、叩き折られた剣が無惨に転がっている。


 Bランクモンスターに満足なダメージを与えられる武器は、あれしかないのに。


『ブフオオォ!』


 巨大な丸太を振り上げ、俺へと襲い来るホブゴブリン。


 逃げなきゃ――そう思った時である。


 ――あれ?


 ……ホブゴブリンって、こんなに鈍かったっけ?


 まるでスローモーションみたいに、動きを簡単に目で追える。


 この後丸太がどんな軌道で振り下ろされるのかも、手に取るようにわかる。


 っていうか――ホブゴブリンは強敵のはずなのに、何故か全然怖いと感じない。


 俺……どうして今まで、こんな雑魚・・相手にビビッてたんだ?


 ――そう思ってからは、ほとんど脊髄反射で動いていた。


 ヒラリとホブゴブリンの丸太を回避し、ヤツの顔面目掛けて跳躍。


 そして殴打パンチを叩き込んだ。


 ――グシャッ!!!


 そんな軽快な音と共に、ホブゴブリンの頭が弾け飛ぶ。


 まるで卵を割るみたいに簡単だった。


 首から上がなくなったホブゴブリンはぐらりとバランスを崩し、転倒。


 気が付けば、俺は死体となったホブゴブリンを見下ろしていた。


「え……あ……?」


 俺――今、なにしたんだ?


 素手で、ホブゴブリンを殴り殺したのか?


 以前は剣やアイテムを使って、一体倒すのに何十分もかけてたのに?


 普通に苦戦してた相手だったよな?


 それを……一瞬で……。


「い、いかん……少し落ち着かないと……」


 俺はフラフラと歩き出す。


 できるだけ人と出会わない場所、Sランクエリアを目指して。


 無論、Sランクエリアは危険な場所だ。

 だがそれに比例して、訪れる人も少ない。


 俺は仕事上、Sランクエリアに足を踏み入れなければならないことが度々あった。


 だから極力モンスターとの遭遇を避けつつ進めるルートを、既に開拓している。


 加えて『新宿ダンジョン』のSランクエリアは、出没するモンスターこそ強力だが個体の絶対数が少ない。


 身を隠すにはうってつけなのだ。


 そうして俺はSランクエリアへと到着。


 ここは複数の地底湖がある鍾乳洞のような場所で、狭い通路と開けた場所とが点在している。


 また壁の窪みや洞穴が多く、身を隠せる場所はたくさんあるのも特徴だ。


 俺は丁度、地底湖から近い場所にある洞穴を発見。


 ここならモンスターもあまり出ないし、過ごしやすいだろう。


「ふぅ……少し水で身体を拭くか……」


 リュックを洞穴に置き、上着やシャツを脱いで上半身裸になる。


「げっ……この浮き出た血管、マジで全身に広がってるのか」


 自分の半裸体を見て、思わず自分自身に引いてしまう俺。


 もう完全に怪物の身体である。


 これから一生、この身体と付き合わないとならんのか……。


 ま、いずれ慣れるかな……。


 それに――全身に力がみなぎる感じがあるんだよな。


 筋肉も前より逞しくなったような……。


 ――そう思った時だった。


『グオオオォォォ!』


「キャアアアアアアアッ!」


 ドラゴンの咆哮と女性の叫び声が、どこからか木霊した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る