第4話 アイドル配信者さん、助けられる


 ――私の名前は兎華うさぎばなモモイ。


 今は高校2年生で、ダンジョン配信者をやってます。


 これでもちゃんとした芸能事務所に所属してて、一応アイドルなんだ。

 

 世間一般では、私みたいなタレントのことをアイドル配信者って呼ぶみたい。


 そして今日も、ダンジョンから配信をお届けする予定なの。


「みんなー! 元気ー!? 今日も兎華モモイの配信、始めるよー!」


”待ってたよ、モモイちゃん!”

”元気元気ー!”

”今日も配信楽しみにしてた!”

”モモイちゃんかわいい!”


 ドローンのカメラに向かって笑顔で挨拶すると、すぐにコメント欄が挨拶を返してくれる。


 私は手元のスマホでコメントを確認。


 やっぱりこの瞬間は嬉しくなるな。


「皆、今日もモモイの配信に来てくれてありがとう! それでそれで、今日はなにをするか皆は覚えてる?」


”新宿ダンジョンに潜るんだよね”

”Sランクエリア初挑戦って聞いた!”

”モモイちゃんなら楽勝でしょ”


「そうなの! 今日はなんと、人生初のSランクエリア挑戦をしちゃいます!」


”モモイちゃん無理はしないでね”

”AランクとSランクは全然違うからな……”

”この間誰か配信中に事故ってなかったっけ?”

”なんかドラゴンに襲われたらしいね”


「む、ドラゴンのお話はモモイも知ってる。お有名な配信者さんが大怪我しちゃったみたいだね……。悲しいな……」


 ダンジョン配信者に危険は付き物。

 いつ大怪我しちゃうかわからない。



「でも大丈夫! 私はAランクエリアを攻略したし、魔力だってあるんだから!」


 冒険者の中でも、魔力に覚醒する人は実は少数。


 自慢じゃないけど、私は冒険者としてはそこそこ強い方なんだから!


 うん!

 アイドルに必要なのは度胸と愛嬌!


”頑張れモモイちゃん!応援してる!”

”Sランクエリアでも奥まで行かなければへーきへーき”

”やっぱりモモイちゃんは最強のアイドル配信者やで!”


「うん、頑張るね! それではいざ、Sランクダンジョンへ!」


 私は意気揚々と『新宿ダンジョン』のSランクエリアへ乗り込んだ。



 ――この後、死ぬほど後悔することも知らずに。




 ▲  ▲  ▲




「キャアアアアアアアッ!」


「な、なんだ……!?」


 女性――それも若い女の子の悲鳴だ。


 俺はとりあえず様子を確認するため、悲鳴が聞こえたと思しき場所まで忍び足で向かってみる。


 そして物陰からこっそり伺ってみると、


『グゥオオオオオオッ!!!』


「イヤアアァ!」


 一人の少女が、巨大なドラゴンに襲われていた。


 少女はたぶん女子大生……いや、ひょっとすると女子高生くらいの年齢かもしれない。


 手には弓を持っているが、ドラゴン相手に全く歯が立たないようだ。


 それと頭上をドローンが飛行している。

 アレも武器だろうか?


 でなければサポートガジェット的な?


 まあどっちでもいいが。


 で――そんな少女を襲っているのは、ファーヴニルドラゴンである。


 ヒグマを丸飲みできそうな巨体を漆黒の鱗で包んだ、Sランクモンスター。


 途方もなく凶暴なことで知られ、探索者を何人も食っているとか。


 ドラゴン種の中でも特に危険とされている奴で、その強さは手練れの探索者パーティでも手を焼くほどらしい。


 少なくとも俺なら、真正面から戦うような真似は絶対しない。


「だ、誰か! 誰か助けてぇ!」


 泣き喚いて逃げ惑う少女。


 探索者……なのだろうか?


 それにしては身なりが軽いというか、随分可愛らしい服装をしてるというか。


 顔立ちも整ってて、まるでアイドルみたいだな。


 黒髪のポニーテールがとってもキュート。


 まあ流石に若すぎて、俺の守備範囲外だけど。


 ……どうしよう?

 助けるか?


 探索者同士は助け合うってのが業界のルールだが、俺はこんな身体だしな……。


 できるだけ人に見られたくないんだけど……う~ん……。


 そんな風に悩んでいると、


『グゥオオオッ!』


 ――あ、不味い。


 あの攻撃は避けられないと思う。

 あの子、終わったかも――


「し……死にたくないよぉ!」


「――!」


 その一言を聞いた時――あの謎のモンスターに襲われた瞬間が、脳裏にフラッシュバックする。


 死にたくないと思った、あの瞬間が。


 ――次の瞬間、俺はもう動いていた。


 地面を蹴り上げ、一瞬でファーヴニルドラゴンへ間合いを詰める。


 そして奴の前足が少女を叩き潰すよりも速く――頭を殴り飛ばした。


『グゥオオオオオオッ!?』


「ふぇ……?」


 激しくぶっ飛んでいくファーヴニルドラゴンの巨体。


 危機一髪助かった少女は頭を上げ、俺と目が合う。


「「……」」


 ――はっ、しまった!

 うっかり身体が動いて、普通に助けちゃったよ!


 ヤバい、めっちゃジロジロ見られてる。

 どうしよう……。


 俺、若い子に見つめられるのってストレスなんだけどな……。

 

 ええい、ままよ!

 探索者なら多少は話が通じるかもしれん!


「……探索者か?」


 俺は少女に聞いてみる。


「答えろ、ここでなにをしている」


 素材の採取に来たのだろうか?

 にしても、Sランクへ挑む格好には見えないんだが……。


「はぁ……はぁ……!」


 あ、駄目だわ。

 こりゃまともに会話できそうにない。


 だって完全に怯えちゃってるもん。


 そりゃファーヴニルドラゴンに殺されかけて、次の瞬間こんな血管浮き出まくりな怪物に登場されたら腰も抜かすわな。


『グウウゥゥゥ……!』


 殴り飛ばしたファーヴニルドラゴンが起き上がる。


 お、流石にタフだな。

 そこそこ強く殴ったんだけど。


『グゥオオオオオオッ!!!』


 再びこちらへ襲い掛かってくる漆黒の竜。


 真正面から戦う真似はしないと言った矢先なのに……。


 ま、いいけど


 コイツの鳴き声……耳障りなんだよな。


「うるさい」


 俺は全身に力を込める。


 身体中の血管がさらに浮き出て、熱が込もって蒸気を発し、筋肉が肥大化。


 そしてグッと拳を握って――もう一度殴打を叩き込んだ。


 ――グシャアッ!!!


 粉砕。

 木っ端微塵。


 ファーヴニルドラゴンの上半身が、バラバラに弾け飛ぶ。


 間違いなく、即死。


 なんだ……ファーヴニルドドラゴンって、案外柔らかかったんだな。


「……」


 俺は再び少女の方を見る。


 もうほとんど放心状態で、天変地異でも目撃したかのような顔の彼女を。


 やれやれ、どうしたもんかね。


 素直に事情を話したところで、理解してくれるとは思えないし。


 とりあえず、アレだ。

 こちらの要望としては――


「俺のことは誰にも言うなよ。いいな」


 身バレは勘弁なんで。

 実験動物として捕まるのはゴメンだ。

 

 今日あったことを口外しないでくれるなら、それで十分。


 多くは語るまい。


 ん……?

 なんか振る舞いがダークヒーローっぽくてカッコいい気がするぞ……!?


 ここでクールに去ればもっとカッコいいよな!?


 よし、それじゃあ謎の怪物Aはクールに去るぜ。


 俺は以後なにも言わず、少女の下から立ち去るのだった。

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