第2話 鬼さん、鬼になる


「よっ、と……。よし、これでセイレーンの羽根も全部集まったな」


 俺は収集した素材をリュックに詰め、額の汗を拭う。


「しかし……流石に疲れたな。今日はダンジョンで野宿するかぁ……?」


 地上から地下へと続く『新宿ダンジョン』は入り口に戻るのも一苦労。


 現在地は『新宿ダンジョン』のBランクエリアで、入り口に戻るだけでも1時間近くかかる。


 だるいなんてモンじゃない。


 それに現在の時刻は深夜2時過ぎ。

 とっくに終電は逃している。


 どうせダンジョン出ても、タクシー拾うかカプセルホテルしかないのだ。


 それに仕事上こういう日が多いから、最低限の野営セットはリュックに常備してるし。


「よし、今日はダンジョンで寝るか。この辺りの安全地帯は――」


 Bランクエリアは迷宮エリアとも呼ばれており、モンスターがあまり出没しない場所が幾つかある。


 そこに辿り着いたら寝袋を敷こう。


 そう思って、俺は歩き出したのだが――


『グウゥ……!』


「ん……?」


 通路の曲がり角から、のそりと一体のモンスターが現れた。


 背丈は俺とあまり変わらない。

 二腕二足で人型に近い。


 だが全身の血管が浮き出ており、瞳の色が真っ赤。


 さらに――その額からは、2本の角が伸びていた。


 ……ゴブリン?

 いや、それにしては大きい。

 でもホブゴブリンとしては小さ過ぎる。


 こんなモンスター、Bランクエリアにいたっけ……?


『グオオォ!』


 困惑する俺を余所に、そのモンスターは襲い掛かってくる。


「マジか……!」


 仕方なく腰の剣を抜き、迎撃を試みる。


 しかし、


「!? コイツ、速っ――!」


 モンスターの動きは恐ろしく俊敏で、あっという間に間合いを詰められる。


 慌てて剣を振るうが――


 バキィッ!


「!? マジか――!?」


 素手で刃を叩き折られてしまった。

 とてつもない怪力だ。


『ガアアァ!』


「うぐ――ッ!」


 そのまま成す術もなく、首筋へと噛み付かれてしまう。


 しかも驚くことに――モンスターは俺の血を吸い出したのだ。


「コ、コイツ……やめ……!」


 引き離そうとするが、モンスターの力は途方もなく強くてビクともしない。


 ――意識が朦朧としてくる。


 自分の心臓の音が弱まっていくのがわかる。


 駄目だ――

 俺は、ここで――


「嘘だろ……こんな、ところで……」


 死にたくない――。


 そう呟こうとするが、すぐに俺の意識は漆黒の暗闇へと沈んでいった。




 ▲  ▲  ▲




「ん……」


 ――ぼんやりと視界が戻る。

 睡眠から、目が覚めた時のように。


「あれ……? 俺はどうなったんだ……?」


 確か謎のモンスターに襲われて、首から血を吸われて……。


「俺は、生きてるのか……?」


 死んだ、と思ったのに。


 でもしっかりと身体の感覚はある。


 まだ多少視界がかすむけど、ここがダンジョンの中であるのも確認できる。


「でも、なんで――」


 身体を起こし、首筋を触ってみる。

 

 ――僅かに窪んだ2つの穴。

 あのモンスターに噛み付かれた証拠だ。


 でも、血は出ていないらしい。

 それに痛くも痒くもない。


 それどころか、なんだか身体の具合がすこぶる良いような……?

 あんなに血を吸われたのに。


「どうなってんだ……? 確かに思いっきり血を――」


 そう言いかけて、ふと自分の右腕が視界に映る。


 すると――


「――うわぁッ!? な、なんだこれッ!?」


 思わずゾッとしてしまう。


 なんと俺の腕は、真っ赤な血管が無数に浮き出ていた。


 俺を襲った、あの謎のモンスターと同じように。


 しかも右腕だけじゃない。


 左腕も同様で、ズボンの裾をめくると両足まで異常に血管が浮き出ていた。


 さらに顔をペタペタと手で触って感触を確かめると――額になにやら、2つの突起物の感触。


「まさか……!」


 慌ててポケットの中からスマホを取り出す。


 そしてカメラモードを反転させて、画面に自分の顔を映すと――


「う……嘘、だろ……」


 そこには、自分ではない自分が映っていた。


 手足同様に顔にも血管が浮き出て、

 額からは2本の角が伸び、

 両目の瞳は真っ赤に染まっている。


 顔立ちこそ前と変わってはいないが、その姿は明らかに人外。


 どう見ても……モンスターにしか見えないのだ。


 ――どうしよう。


 どうしよう、どうしよう。


「俺……モンスターになっちゃった……」


==========


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