幼馴染の手作り弁当に憧れるのは異性相手の時だけか?①
「祐樹さん、よかったら今度弁当作ってくれまs「断る」
とある週末の夕飯の席。いつもよりかしこまった調子で、頭も軽く下げながら告げた俺の言葉は、言い終わらない内に拒絶されてしまった。
ちなみに今日のメニューは鮭の入ったシチューだった。昼はともかく、朝晩はひどく冷え込むこの季節に、あったかい汁物は身体に沁みるというものだ。
…まあ、うん。
二つ返事で承諾してくれるとは思ってなかったけれど、ここまで食い気味に拒否されるのは流石にちょっとへこむ。せめて全部言い終わってからにしてほしかった。
「断る」
「そんな何回も言わなくても」
「…どうせ碌でもない理由だろ」
碌でもないとは失礼な。ちゃんとした理由があるというのに。
数週間ほど前、番宣の為に出演したバラエティ番組があるのだが、そこでやっていたのがお弁当に関する企画だった。
ちょうど今が秋の行楽シーズンだというのもあるのだろうか、よくテレビで見かける料理研究家や最近話題になっている伝説の家政婦さんといった人たちが順番にVTRに出てきて、弁当に使える時短レシピとか残り物をアレンジしたおかずといったレシピを紹介してくれていた。
流石としか言いようのない手際の良さで作られていく料理の数々は見るからに美味しそうだったし、試食させてもらったそれらは実際美味しかった。
祐樹にお願いして今度作ってもらおうかな、などと撮影中に考えていたのだが、そこで俺はあることに気づいてしまったのである。
これだけ一緒にいて、そしてこれだけ祐樹の作ったご飯を食べているというのに、そういえば祐樹の作った弁当って食べたことがないな、と。
「…とまあ、そういう訳でして」
「やっぱり碌でもない理由じゃねえか」
今度はちゃんと最後まで聞いてもらえたが、今回も結局一蹴されてしまった。
やっぱこれじゃ納得してくれないか。
「えー、駄目?ドラマとか漫画だと結構あるじゃん、幼馴染がお弁当作ってくれるっていうシチュエーション」
「男同士でそれはねえだろ。早く現実に戻れよ、人気俳優」
「まあまあ、人助けだと思ってさあ」
「…さてはお前、次の台本はそういう感じか?」
「バレたか。流石に相手役は女の子だけどね」
「俺を役作りに使うなよまったく…」
呆れたように深く息をついた祐樹は、思い出したようにテレビの電源をつけた。流れ始めたのは、派手な色を基調にしたセットと、そこに並ぶ見知った顔の芸能人たちの姿。
そうそう、これである。毎週金曜の夜に放送されてるバラエティ。この前出演してきた番組が、ちょうど今テレビで放映されていた。
…相変わらず俺、わっかりやすい愛想笑いしてるなあ。本気で笑ってるとこもあるにはあるけど。
「これか。…確かに美味そうだけど」
「でしょ?」
「…現場ならロケ弁とか、他の演者さんからの差し入れとかあるんじゃねえの?第一、お前の場合昼はほとんど食わないってこともザラだろうが」
確かに、祐樹の言う通り現場にもよるがロケ弁はある。…あるんだけど、この頃は祐樹のご飯に慣れ過ぎたせいか、なんとなく物足りなく感じてしまうのが本音である。味の濃いものが多いけど、何だか物足りない。満足感の違い?というものだろうか。打ち上げとかで連れて行かれるお店とかもそうだ。
もっとも、こちらに関しては物足りないというよりは、「何となく違う」という感じだろうか。うちよりいい食材使ってるからとかそういう問題じゃないんだろうな、きっと。
「…ワガママだな、お前は」
「駄目ですかね」
「…気が向いたらな」
そう言った祐樹は、いつの間にか難しい顔で眉間を押さえていた。
俺のことをワガママだと言う割には、その表情には呆れや非難とは違う、何とも言えないような感情が含まれている。…そんな風に見えたけど、多分気のせいだろう。
それはともかく、こういう時の「気が向いたら」は、結構な確率で叶わないのが鉄則である。期待し過ぎずに待っていれば、いつか作ってくれるだろうか。…いや、この感じは望み薄かも。
結局この後、夕飯は何事もなかったかのように終わった。祐樹が片付けをしている間に、俺はいつも通り先に風呂に入らせてもらう。
ただ、その間に祐樹はとある場所へ電話をかけていたらしいが…その内容は、俺には知る由もない。
「…あ、もしもし…はい、お久しぶりです。今いいですか、香苗さん」
―――――――――――――
今回は少し長くなりそうなので、二回に分けることにします。
作者の精神年齢が心配になってくるお話になってしまいましたが、次回もお楽しみに。
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