幼馴染の手作り弁当に憧れるのは異性相手の時だけか?②

 そんな話をした、一週間ほど後のこと。

 俺は某テレビ局の楽屋にて、親友お手製の弁当を前に手を合わせていた。


 ご飯はシンプルに弁当箱に敷き詰められ、そこにかかっているのはシソのふりかけ。

 おかずは祐樹がよく作ってくれるしょっぱめの玉子焼きと、昨晩の残りのほうれん草のおひたし。あと、この前作ってくれたコロッケがある。この前食べた揚げたても美味しかったが、冷めてへたっとしているのもそれはそれで美味しいものだ。

 一体どうやったらこんな風に作れるんだろうか、と不思議に思うのは何度目のことだろう。


 あんなことを言っておきながらも結局、祐樹は今日、朝から弁当を作ってくれた。なんでも、実家から俺が昔使っていた弁当箱まで借りてきてくれたらしいが、まさかそこまでやってくれるとは。

 自分はあまり実家には帰っていないのだが、祐樹は度々帰っているようで、今回も数日ほど前に密かに家を空けていたようだ。母親からの電話で、俺は初めてそれを知った。

 余談だが、この時母親には「あんまり祐樹くんに迷惑かけるんじゃないわよ」と叱られている。…ごもっともです。


 お願いしたあの日、祐樹がうちの母親に連絡していたということも、その時聞いた。どうやら、どういうものを入れていただとか、そういうことを聞きたかったらしいのだが…真面目というか律儀というか。

 結局祐樹は母と少し会って、そしてそのままこちらに帰って来たらしい。その時一緒に渡されたのだというおすそわけと一緒に。


 俺たちが子供の頃の母はいつも仕事で忙しくて、朝早くから家を出て夜遅くまで帰ってこないということも多かった(だからこそ、俺は時々望月家にお世話になっていた訳だが)。だから、母親に弁当を作って貰ったことはあまりなかったし、珍しく作ってくれた時も冷凍食品とかが多かった記憶がある。

 もちろん、それに文句を言うつもりはこれっぽっちもない。作ってもらえるだけでもありがたいし、愛情込めて育ててもらったのは事実なのだから。


 …などと考えながらも箸を動かしていると、誰かが楽屋のドアをノックしているのが聞こえた。

 口の中のを飲み込んでから「どうぞ」と返せば、入って来たのは見慣れた顔である。


「よ、朝陽」

「あれ、リュウじゃん。何か用?」


 大きな黒のバッグを携えてこの部屋を訪れた彼は、気安い調子でこちらに手を振っていた。

 明るく染めた茶髪と、耳の比較的控えめなピアスが目を引くこの男の名は藍沢流星あいざわりゅうせいといい、俺たちのもう一人の幼馴染でもある。


「何か用、じゃないよ。仕事だっての」


 俺の言葉に呆れ顔になったリュウは、手に持っていたバッグを軽く持ち上げてみせた。リュウ愛用のそれにはメイク道具がぎっしり入っているのだが、何やらこの前見た時よりも中身が増えているように見える。

 リュウの本業は美容師で、普段は表参道にある美容院で働いているのだけど、時々こうしてメイクさんとしても来てくれるのだ。もはや専属なのでは?と思ってしまうくらいの頻度で。


「時間足りる?」

「んー…崩れたとこ直して髪セットし直すだけだからすぐ終わるかな」

「ならいいか」

「良くないから早く食え。つか、弁当なんて珍しい」

「食う?」

「いらんわ」


 強制的に楽屋のテーブルから鏡の前に移動させられた俺の後ろで、リュウは俺の髪を少し弄るように触りながら興味なさげに言った。

 残念、幼馴染のよしみで食わせてやっても良かったのに。少しだけなら。


「お前、最近肌艶良くなったよなあ。祐樹のお陰?」

「多分ね。夜更かしとか普段させてくれないもん」


 時々なら真夜中のゲームも晩酌も付き合ってくれるのだが、大体は『早く寝ろ』と追い返されてしまう。

 祐樹、変なところで真面目だから。そう言えば、「よく続いてるよなあ」とリュウは笑った。


「お前結構偏食だし、ほっといたら自堕落な生活してそうなのにな」

「前も言ったけどさ、母さんのと祐樹んちのご飯なら俺普通に食えるんだよね。よく分かんないけど」


 一応、リュウには祐樹との同居は伝えている。何なら、同居を決めた時に友人たちの中で一番に連絡したのがこいつである。

 初めてそれを伝えた時のリュウは何やら言いたそうな顔をしていたような気がするけれど、最後には「お前らが決めたことだもんな」と納得していたはずだ。


「お前さ、…いや、俺が口出す筋合いはないだろうけど…」

「ん?」


 仕事柄、リュウは話し上手である。だが、この時の彼は珍しいことに言葉を濁していた。

 どうかしたのかと鏡越しに見上げれば、リュウは少々逡巡したあとで意を決したように口を開く。


「そんなに甘え切ってて大丈夫かなと。親御さんだってずっといてくれるわけじゃないし、あいついなくなったらお前生きていけないんじゃねえの?」

「いなくなるってそんな」

「いやあ、このご時世、いつどこで何が起こるか分かんないぞ。事故とか病気とか…あとはまあ、俺らももうこんな歳だし結婚とか?」


 結婚。今までそういう話題になっても、自分には関係ないとあまり考えてこなかったけれど、自分も気づけばもう24だ。これくらいの歳になると、付き合いのある同業者やプライベートの友人たちも、その道を選ぶ奴らが多くなってきたように思う。

 母親は割と気の強めな性格だけど、「そういうこと」については不思議とうるさくなかったし、まだ仕事も楽しい時期だから、ほとんど考えることなく生きてきてしまったらしい。


「…ああ、そういう」

「下手したらお前よりも引く手数多だったりしてな」


 鏡の向こうでリュウは冗談めかして笑ったけれど、実際そうなんだろうな、とは思う。身内贔屓が入っているのは否定できないけど、少なくとも結婚願望のない俺に比べれば、そちらの方がよっぽど可能性のある話だろう。

 父親はともかく、母親はほわほわした人だから、祐樹もそこまでうるさくは言われていないと思っているけれど、実際のところは分からない。そういう話も、ほとんどした覚えがなかったから。


「…朝陽?」

「…いや、なんでもない」


 どうやら、この時俺は急に黙り込んでいたらしく、鏡越しに俺の顔を覗き込むリュウと目が合った。

 気遣わしげなその顔に、「ほんとになんでもないってば」と手を振って誤魔化す。職業柄か、機微に聡いこいつにはバレてるかもしれないけれど、こっちだって表情を取り繕うのは得意なのだから。



 もう少しだけ、現実を考えずにいたい。

 そう思うのは、果たしていけないことなのだろうか。

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