台風コロッケしませんか

『台風コロッケしませんか』

「…バカなこと言ってないでさっさと帰って来い」


 大風吹き荒れるある日の夕方、珍しいことに朝陽から電話がかかってきた。

 テレビ局のスタジオにて行われていた撮影が台風の影響で中断されたことと、これから事務所の人に送ってもらって帰る、というのが朝陽の用件だった。


 …が、その後に続いた言葉がこの上なくアホらしかった所為で、思わず語気が強くなってしまう。


「用件はそんだけか。切るぞ」

『待って待って』


 現在、数日ほど前から小型の台風が日本列島に接近してきている。予報では、都内に一番近づくのが今日とされており、昼過ぎにはもう外は大荒れだった。

 ただ、朝はそれほどでもなかったので、不服そうな顔をしながらも朝陽は仕事に行ったのである。部外者からすれば、無理してまで撮影しなくてもいいのにと思ってしまうが…どうやらそういう訳にもいかないらしい。

 余談だが、うちの同居人は違うにしても、そんな日でも仕事をしなければならない人はいる。電車…は、こんな強風ではもはや動かないかもしれないが、動いていないと帰宅できない人も多そうだし、運送業者の方々や生活必需品の製造や販売に携わる方々にも、普段から感謝しなくては。


 そもそも、台風コロッケとは何か。


台風コロッケ(たいふうコロッケ)は、台風が接近・上陸している際にコロッケを買って食べるという日本のネット上を中心とした風習である。電子掲示板2ちゃんねるを発祥とし、Twitterを通じて広がった。(引用:Wikipediaより)


 まさか、こんなネットミームまで載っているとは。専門的な研究の参考文献としては使えないが、簡単な調べ物くらいなら充分役に立つのではなかろうか。


『だって、台風の日といったらコロッケって言うじゃん?じゃがいも腐るほどあるんだしいいんじゃないかと思って』

「…作れとおっしゃる?」


 朝陽の実家から届いたじゃがいもは、朝陽の言う通り未だ大半が手つかずだった。むしろ、この期間でこれだけ消費できたのを褒めてほしいくらいである。

 正直、揚げ物は色々と面倒くさいし、コロッケとなると割と手間がかかる。予定していない日にいきなり頼まれても困るというのが本音だ。というかこれ以上天気悪くなったらどうする。


『手伝えることあるなら手伝いますんで…』

「当たり前だ」


 珍しく朝陽がしおらしくなっているのが面白い。もう少し言い返してやろうかとも思ったが、電話の向こうから朝陽を呼ぶ声が聞こえてきたので辞める。聞き覚えのあるその声は、朝陽の担当のマネージャーさんだ。

 電話の向こうで朝陽がマネージャーさんと一言二言言葉を交わしているのが聞こえた後、『じゃあ、もう少ししたら帰るね』と電話を切った。


 ◇◇◇


「ただいま~…」


 そんな電話から2時間ほど後、強風で髪を乱した朝陽が帰って来た。

 ここまで車で送ってくれたマネージャーさんは、朝陽を降ろした後そのまま帰って行ったらしい。今回の件も含めて、今度お礼にでも行った方がいいだろうか。


「すげえ髪」

「いやあ、外の風凄かったもん。てかなんか手伝うことある?」

「無い。あと揚げるだけだし」

「はやっ」

「二人分くらいなら案外楽だった」


 今回は、具材はじゃがいもだけというシンプルなレシピである。実際やってみれば、皮を剥いた芋を茹でて潰す工程が非常に面倒だったが、それ以降はそこまで苦労しない。

 むしろこの場合、普通のやり方ならこの後直面するであろう、油の処理とかの方がよっぽど面倒そうだ。今回は油の量も少なめにして揚げ焼きにするので、それすら多少楽なはずである。


「揚げるとこだけでも何か…」

「いや、お前がやると火傷する未来しか見えんからいい」

「そんなことないよと言いたいけど全くもって否定できないのが辛い」


 案外素直に引き下がった朝陽は放置しておいて、用意しておいたタネをフライパンで揚げることにする。

 油を少なめに注ぎ、温めてから薄めに整形しておいたタネを入れていく。フライパンでやると、一気に調理出来るのはありがたい。


 ひっくり返す際に少々油がはねやすいのが気になるが、少しくらいなら問題は無い。

 火加減を調整しながら揚げていれば、結構短い時間で衣がきつね色に変わっていた。中の芋は既に火が通っているから、中まで揚がっているかについては気にしなくていいから楽だ。


 じゅわっと音を立ててこんがり揚がったコロッケは、その音も相まって非常に食欲をそそられる出来だった。

 上手くいったと思いつつもフライパンから引き上げていれば、いつの間にか朝陽が後ろから覗き込んでいた。


「…火傷すんぞ」

「美味しそうでつい」

「つまみ食い禁止。箸と皿でも並べとけ」

「はぁい」


 揚がったコロッケを皿に盛りつけて、二人で手を合わせる。まだほかほかと湯気を上げているコロッケを口に運べば、サクッと心地いい音が響く。

 潰して火を通したじゃがいもはほんのり甘く、ホクホクとして優しい口当たりだった。


「あ、ほくほくしてて美味しい」

「やっぱ揚げたて美味いな」


 そうやって二人でサクサクと食べ進めている内に、用意しておいた分はすっかり食べ終わってしまった。作り置きとして残しておこうかとも思ったが、男二人ならこんなもんだろう。


 台風コロッケも、偶には悪くない。

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