第5話 今日も来ない

 小百合さんが来なくなって一週間が経ってしまった。


 ん? しまった、ってなんだ。


 別にいいじゃん。


 何故だか捨てられない、連絡先が書かれたメモを渡されなくなったんだから。


 それなのに、私の平凡な日常は彼女が現れる以前に戻らない。


 相変わらず上の空だし。


 躓いてばっかりだし。


 お皿もグラスも割ってるし。


 最悪、としか言いようがない。


「まさか一週間来ないとは想定外だねえ」


「そうですね」


 ため息交じりの声が出る。


「思い切って連絡してみたら?」


「えっ、嫌です」


「即答か」


 すみません、店長。


 条件反射的に答えてしまいました。


「なにがそんなに嫌なの?」


「……それは」


 決まってる。


「私の平凡な日常を壊されるのが嫌なんです」


 小さな事件も大きな事件も起こらない、平凡な日々。


 山も谷もない、平坦な道のり。


 誰にも壊されたくない、愛すべき日常。


「ふーん、そっか。ところで、小百合さん自体は嫌いじゃないの?」


「え?」


「だって、あの人が来ないだけで調子狂ってるじゃん」


「……」


 そうなのか、私。


「それって別に小百合さんのことを嫌ってるわけじゃない、ってことじゃないの」


 マジか、私。


「自分の気持ちに素直になりなよ」


 店長が私の肩をポンっと叩いてキッチンに入っていった。


「素直に……か」


 絶賛営業中だというのに、誰もいない店内を見渡す。


 物足りない。


 いや、お客さんがいないから当然なんだけど。


 そうじゃなくて。


 そうじゃないんだ。


 とっくに小百合さんがここお店に来るのが当たり前になっていたんだ。


 決まってカフェラテを頼むことも。


 毎回メモを渡してくることも。


 帰り際「今日も美味しかったよ」と言ってくれることも。


 全部、ぜーんぶ。


 私の日々を織りなす糸の一部になっていたんだ。


「あーあ」


 声を出しながら上を見る。


 植物の模様が描かれただけの天井。


 そこに答えは書いていないけれど、私の胸の中にもう答えは出ていた。


 これ以上自分を誤魔化すことはできない。


 私は、中村麗奈れいなは小百合さんに興味を持ってしまっている。

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