第二章「追儺」①
強くなりたければ、笑うな。
――
■■紫藤学園 男子寮 105号室■■
窓から差す光で目が覚めた。
時間はもう昼前。今日の予定を頭の中で反芻し、桂はのそりと敷布団から這い出た。
部屋の中央には誰かが座っている。ちゃぶ台の前で所在なさげにしているが、シルエットからして女性だろう。
どうせ、すぐコンタクトを付ける予定だし、いちいち眼鏡をかけるのも面倒くさい。
桂はぼやけた視界のままキッチンまで行き、マグカップを二つ用意して、お湯を沸かしながら、眠気を覚ました。
「――なんだよ、コウナ。起こしてくれてよかったのに」
「いえ、気持ちよさそうに寝てらしたので」
桂はインスタントコーヒーを淹れ終えた二人分のマグカップを来訪者の前まで運びつつ、はて、と首を傾げる。
自分の姉貴分はこんな丁寧な口調だっただろうか。
仕事モードにしても、どこか妙にお嬢様がかっているような……。
「ああ、これはすみません」
白地のシャツを着たまま、ちゃぶ台の上に放ってあった
そういえば、こんな喋り方の女性と最近どこかで会った気がする。
しかし、昨晩は徹夜したためか、すぐに思い至らない。
桂は座布団の敷いてない畳の上に直に座りながら、机の上の黒縁眼鏡に手を伸ばした。
そこでようやく、ある可能性に気付き、全身を冷や汗が伝った。
「あれ、君、コウナだよね?」
眼鏡をかけると、レンズを通して、視界が途端にクリアになっていく。
果たしてそこには――
「いえ、沢渡栄華ですが」
――驚愕した表情の女子高生(後輩)が座っていた。
間もなく自身の格好を見下ろす。
一方の自分は女性服に身を包んだ男子高校生。
再び、視線をハルガの方へ戻すと、わなわなと震える唇の間から、一言。
「――へ、変態……」
桂はこの時セーブゾーンに戻りたいと心底思った。
▼▼第二章「追儺」②へ続く――
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