第3話 返信

「これは……」


 そのメールにはこう書かれていた。


[最後に見舞いに来てくれて有難う。元気そうで何よりだった。曾孫の顔も見せてくれて嬉しかったよ。お前にはずっと寂しい思いをさせて本当に申し訳ない。ちゃんと謝りたかったのに、こんな形に成ってごめんな]


 メールに書かれた内容を読むに連れ、八重瀬さんは口を手で覆いながら泣いた。終いには、しゃくりあげる程に。


「謝るのは私の方なのに……私、どうして帰ってあげなかったんだろう。怒られるのが怖くて……合わせる顔が無くて……ずっと……ずっと後悔してたのに……」


 八重瀬さんしかメールを開けられない理由も分かった。

 お祖父さんは、八重瀬さんの為に年金をコツコツ貯め、ヘソクリとして秘密の場所に隠していたのだ。

 その場所を他の人に知られたくない為だったのだ。


「そんな大切なお金、私が貰う権利ないのに……それよりも、ちゃんと生きてる時に、もっと話しておきたい事が山ほど有った……一緒に居てあげたかった……でも、祖父は……祖父はもう生き返らないんですよね……」


 八重瀬さんの落ちた涙の雫を受けると、役目を果たしたメールは、スッと消えた。

 もう二度と復活はしないだろう。

 再びゾンビみたいに帰って来る事はないのだ。


「さて、ここ迄が今回の『相談』に成ります。この後どうしますか?」

「……この後? 何がですか?」

「当方、電網霊媒師です。死者の方とコンタクトを取る事を生業としております。死者の方に今の八重瀬さんの思いを電子メールで伝える事も可能ですが」

「えっ? それって……祖父に返信できるって事ですか?」

「はい。宜しければメールに写真や動画も添付して天国のお祖父様にお届けできますが、いかがなさいますか?」

「是非、お願いします!」


 一旦帰って送りたい文を纏めて来るとの事で、八重瀬さんは相談料を払って事務所を後にした。

 八重瀬さんが帰った後、ソコンさんは苦虫を噛み潰したような顔をしながら隣の部屋から出てきて苦言を投げつけてくる。


「どうして相談料の二万しか貰わなかった? 爺さんにコンタクト取るなら交信料も貰うべきだろ」

「良いじゃないですか。今回の依頼なんかで二万は高いですよ。何もしてないんですから。だいたい前から思ってたんですが、良い幽霊と悪い幽霊で金額の差をつけるべきだと思いますよ」

「幽霊に格差つけんじゃねえよ。まあ、いい。そのかわり今日の昼飯代は、お前さんの奢りだからな」

「了解っす。ハンバーガーで良いですか?」

「駄目だ。蟹が食いたい」

「へっ? か、蟹ミソで良いですか?」

「ゾンビじゃねえんだからミソだけで足りるか。ちゃんとした蟹弁当買ってこい」


 仕方なしに遠くのデパ地下まで蟹弁当を買いに行く。ヘソクリの無い俺は今月もピンチだ。クソッ。

 そして弁当を持って事務所に戻って来た時には、八重瀬さんからのメールはパソコン内に入っていた。


「えっ? 何これ?」


 パソコンには長文のメールの他、八重瀬さんの結婚式の様子のムービーや、お子さんの成長アルバムなど、モバもビックリする位の量のデータを何回かに分けて受信されている。これは天国のお祖父さんも安らかに寝てられないだろう。


「チッ。ほれ見ろ。やっぱり交信料貰うべきだったんだ。爺さん呼び出して全部見てもらうのに数時間は掛かるぞ」


 そう言いながらも少しニヤけてるソコンさんを見て、俺は思わず吹き出してしまった。


 死んだ人は蘇らない。だが、その人を思う気持ちが有れば、思い出は何時でも蘇るのだ。


 パソコンの中の猫は「僕の仕事だ」と言わんばかりに飛び跳ねている。

 スマホのゴミ箱漁りばかりじゃ、お前も詰まんないもんな。

 さあ、頑張れモバ。

 八重瀬さんの大切な思いを、お祖父ちゃんの元に届けに行ってくれ。


「八重瀬さんのお祖父ちゃん。俺からもあなたの冥福を祈ります」



[この事件ファイルは解決した為、過去ログに保存されました]

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