file4 リアルゴーストライター
第1話 エピソード⑦
「ソコンさん! ちょっといいですか?」
「駄目だ」
「駄目じゃないです! 聞いて下さい!」
「何だよ、うるせーな」
「俺の『欲しい物リスト』に、キャットタワーや猫じゃらしが勝手に入ってたんですがあ!」
「そうか。頑張れよ」
「いや、真面目に聞いて下さいよ! モバがやったんでしょ!」
「自分でリストに入れたんじゃないのか?」
「何で猫を飼ってない俺が、キャットタワーを欲しがるんですか!」
「たとえモバの仕業だとしてもだな、俺には関係ない話だろ」
「じゃあ誰に文句言えばいいんですか? 毎日アイコンの位置をぐちゃぐちゃにしたり、ホーム画面をかつお節の画像に変えたり、大切なメールを勝手に削除したり、悪戯が絶えないんですけど!」
「本人に言え。猫もちゃんと躾ければ言う事聞く」
俺がこの斎波素近さんの電網霊媒師事務所で働き出してから約一ヶ月が過ぎた。
その間、毎日のように仕事仲間である電子の化け猫モバに、パソコンやスマホに悪戯をされている。本人は無邪気に遊んでるつもりなのかも知れないが、流石に目に余るように成ってきた。
モバには色々と助けて貰っているので、感謝の気持ちはいっぱいなのだが、ここは人間の威厳を見せないとエスカレートしていく一方だろう。
そんな事を考えてたら、黒い尻尾と白い尻尾を交差ダンスでもしてるかのように揺らしたモバが、俺のスマホの画面に鼠の画像を持って現れた。
ちょうど良かった。俺が怒ったら本当は怖いんだと言うとこ見せてやる。
「こらっ、モバ! 悪戯が過ぎると、このスマホをお前ごと水の中に沈めるぞ!」
その言葉を聞いたモバは、鳩のように目を丸くしてキョトンとした顔を作った。
そして次の瞬間、画面は動物愛護センターのホームページに切り替わる。
んな、アホな。
俺はそのまま「人間って動物が、化け猫にイジメられてまーす」と電話してやろうかと思ったが、仕事依頼のメールが入ったので思いとどまった。
「ソコンさん仕事が入りました」
「初見か?」
「みたいですね。コヨリって人からの紹介みたいです」
「コヨリの紹介だと……気が乗らねえな」
「あんま良くない人の紹介なんですか?」
「ああ。まあ、いい。何時ものように対応してくれ。場合によっては断る」
「分かりました」
コヨリ……どっかで聞いたな……。
そうだ。確か以前トユキさんが名前を出していた人だ。何者なのだろうか?
依頼主は直ぐ近くまで来てたので、五分足らずで事務所にやって来た。
インターン越しから聞こえた可愛い舌足らずな声からして、若い女性だと判断できる。
「どうぞ、お入り下さい」
「しつれぇーしまーすぅ」
ドアを開けて入って来たカーキ色のベレー帽とフリルのワンピースを着た女性は、想像以上の美少女だった。俺が推してた元アイドルグループ、エイトスロープのメンバーに混ぜても違和感ないほどだ。胸に両手で抱えているピンク柄のケースに入ったタブレットが、とても見栄え良く映えている。覚えたてであろう薄化粧は、垢抜けてない印象も与えるが、それが又俺の好みでもあった。
「ほえぇー、ここがエピソード⑥で訪れるはずだった霊媒師さん
「えっ?」
彼女はキョロキョロ部屋内を見渡しながら意味不明の事を言った。
どうやら、ちょっと不思議ちゃんっぽい。
「ようこそ当事務所へ。自分は穴戸録と申します」
「はじめましてぇ。
「はい。偽名でも構いません。但し、依頼内容によっては、本名もお伺いしますが、よろしいですか?」
「はぁーい」
「では、こちらにお掛けください。依頼内容を聞かせていただきます」
お茶を出されたミロロちゃんは、ティーカップをまるで初めて見る物体かのように、用心深くじっくり観察しだす。毒でも入っていると思っているのか?
「ここに来たらまずミロロは、紅茶を出されて飲むのね。ふむふむ。よし、砂糖は入れずにストレートで飲んでやるぅ」
「……何かのおまじないですか?」
「あっ、気にしないで下さい。えーと、何から喋ろうかなぁー」
「そうですね。まず何時から、どのような現象が起こりました?」
「えーと、初めてその小説を読んだのは、三日前ですねぇ」
「小説? という事は、電子小説ですか?」
「はい。そうでぇす。実はミロロ、小説家を目指してまして、ウェブ小説サイトの『ノベル・リドライ』とかに小説を投稿してるんです」
「そうなんですか。流行りの異世界転生小説とかを書いてるんですね」
「違いますっ!」
何か急に強い口調で否定された。
異世界ファンタジーとか似合いそうな感じだが、ジャンルが違ったか。他に若い子が書きそうなのは……。
「そうか。ラブコメですね?」
「違いますっ!」
完全に怒った顔で否定された。
なんだろう?
純文学か歴史小説かな?
イメージとは違うがBLものとか?
「ホラーですよ、ホラー!」
「えっ? ウェブサイトでホラー小説を書いてるんですか?」
「駄目なんですか?」
「あ、いいえ。そんな事ありません」
正直、ウェブ小説サイトにホラーのイメージは無かった。しかもこの子の容姿や雰囲気からはホラー要素が全く皆無だし、むしろ「ホラー映画見に行こう」って言ったら「絶対に嫌っ」ってキレながら断るタイプに見える。
「霊媒師さんは、ホラー小説好きですかあ?」
「すいません。ホラーは嫌いじゃないんですが、実は凄く怖がりでして、無理してまでは読まないですね」
「怖がりなら無理してでも読むべきです」
「いや、本当に信じられないくらい怖がりなんですよ。この仕事してるの不思議なくらい」
「怖がり自慢ですか? 霊媒師さんよりミロロの方が三億二千八十倍くらい怖がりですよぉ」
その根拠の欠片も無さそうな出鱈目な数字は、どうやって算出された?
「いや、本当に俺、相当な怖がりですよ。学生の時なんて、お化けだと思って新品のパソコン破壊したぐらいです」
「なんですか、それぐらい。ミロロなんて自分で書いてる小説が怖くて、書いてる最中に失神した事あるんですよぉ」
それは負けたかも知れない。
ちょうど俺より三億二千八十倍怖がりだわ。
「失礼ですが、それ、ホラー作家に向いてないんじゃ……」
「なんでですか? スーパー超テラテラ怖がりさんだから、ホラー作家向いてるんですよ」
「いや、普通、怖がりの方がホラー作家を目指します?」
「一度も子供と遊んだ事ない人が保育士さん目指しますかあ? 生まれてから一度も笑ったことない人が芸人さん目指しますかあ? 今まで数多のホラー小説を読んで、一度も怖がらなかった事がないミロロだからこそ、ホラー作家を目指せるんです!」
駄目だ。言ってる意味が微塵も理解できない。この話題はパスして本題に入ろう。
「それで、どういった内容の小説だったんですか? あなたが書いた小説では無かったんですよね?」
「はぁい。その日の夜中、ネタが浮かばなくて、他の人のホラー読んで勉強しようと思ったんですぅ。色々検索してたら面白そうなタイトルの短編ホラーを見つけちゃいました。読んだらめちゃめちゃ怖くて、小説内に入り込む臨場感が尋常じゃなかったんですよぉ。物語の最後に主人公がお化けに、とんでもない事されてる場面なんて、もう、読みながら五千三十五回ぐらい叫んじゃいました」
「……そうですか。それで、どんな霊的現象が起こったんです?」
「実は、その小説を読んだ次の日に、すんごい異変が有ったんですぅ」
「何が有ったんです?」
「ミロロだったんです」
「えっ?」
「その小説の主人公、ミロロだったんです。結末は、ミロロの運命だったんです」
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