第12話 遺恨

 三人が林道入口前に着いた時、先ず目にしたのは大きな花束を担ぎ、右手に一升瓶を手にしたソコンさんだった。

 その姿はまるでハードボイルド映画のワンシーンのようで、山奥では勿論、街中でもこんな格好の人を見かけたら、全員目が釘付けになるだろう。


「ふぁ? だ、誰ですか? あのミロロの小説に出てきそうなイケメンな方は……」


 まさかソコンさんは人目も憚らず、あの花束担いで電車とタクシー乗り継いで来たのか?

 しかも何だよ、あの超デカイ花束。

 あれだけで十万するだろ。

 まさか夕夏さん親子に手向ける為か?

 いやいやいやいや、それは、いくら何でもやる事イケメン過ぎるだろ。

 非モテの邪鬼に取り憑かれた俺の脳味噌では浮かべられない発想だわ。例え思いついても似合わないので絶対にしないけど。


「もう全部終わったでえ、ソコン」

「何、勝手な事してんだ、コヨリ」


 いきなり二人が睨み合いだした。

 えっ? 二人そんなに仲悪いの?

 ソコンさんがコヨリさんを邪険にしてたのは気付いてたけど。


「俺はお前さんが来るまでに、石碑を新しく建て直す事で夕夏を解放するという交渉が済んでいたんだ。後は夕夏を夜亡夜亡に渡すだけだったのに勝手に除霊しやがって……」


 さっき俺のスマホがソコンさんと繋がっていたのは、ヤマカカと交渉していたからか。

 恐らく夕夏さんを呼び出し、そこからヤマカカ達と話し合ってたんだ。

 流石ソコンさん。全然気付かなかった。


「うちはたまを鎮めただけや」

「一緒だろうが」

「夜亡夜亡は既に危険な怨霊やった。例え夕夏ちゃんの魂が解放されても、悪さを続けてたわ」

「夜亡夜亡は元々善良な被害者の親だぞ」

「どんなに生きていた頃は聖人でも、理不尽な死に直面したら豹変するわ。それは生き残った者も一緒や」

「それは俺の事言ってんのか?」


 まずい。ヒートアップしてる。

 ここは、二人に割って入ろう。


「ソ、ソコンさん! ミロロちゃんは俺が送って行けば良いですか?」

「そこの駐車場にトユキ達警察が来てる。お前さんが一緒に事情説明してやれ。コヨリとその子は警察が連れて帰ってくれるだろう。説明が済んだらお前さんは先に帰ってろ」

「分かりました。ソコンさんは?」

「俺はもう一度山に入ってコイツを振る舞ってくる」


 そう言って持っていた一升瓶を掲げた。

 酒はヤマカカに手向ける為か。


「コヨリ! USBを寄越せ。夜亡夜亡達も俺が供養する」

「神仏崇めてへんのに魂の供養はするんやな」

「弔うのに神仏は関係ない」


 コヨリさんは先程のメモリーをソコンさんに投げた。

 片手でキャッチしたソコンさんは、そのまま一人で山の方へと向かう。


「ところでソコン。リンコちゃんは元気なんか?」


 山の方に向いていたソコンさんは、コヨリさんのその一言に振り返り、その鋭い目を更に尖らせながら、コヨリさんに返した。


「その名前を二度と出すな。リンコはもう、この世に居ない……」


 そう返すと再び山の方に向かって歩きだし、花束を担いだソコンさんの姿は数秒で消えて行った。漆黒の中へと……。


 コヨリさんは今まで何事も余裕綽々の表情だったが、ソコンさんのその言葉を聞いた時だけ神妙な面持ちに変わっていた。山中に入るソコンさんを暫く見詰めていたが、やがてミロロちゃんにこう言う。


「御札は剥がしとき。それのせいでソコンも仕事がやりにくかったみたいやしな」


 それを聞いた時、鈍い俺はやっと気付いた。

 モバがソコンさんが命令しても、ミロロちゃんのタブレットに行かなかった理由を理解したのだ。

 タブレットにはコヨリさんの御札が貼って有った。デジタルスペクターには効果ないのかも知れないが、モバは御札でコヨリさんの霊気を感じ取っていたんだ。だからミロロちゃんが事務所に来た時から姿を消したし、さっきもミロロちゃんのタブレットに近づきたくなかったから逃げたんだ。夜亡夜亡やヤマカカを恐れていたんじゃない。

 そう考えると俺のスマホからコヨリさんのアドレスが消えた理由も分かる。モバが削除したんだ。

 つまりモバは、コヨリさんを極端に嫌ってる。

 そして、その理由は恐らく『リンコ』さんと言う人と何か関わりが有るのではないだろうか。

 過去にコヨリさんが、ソコンさんとモバに何かをした事だけは想像がつく。

 もしかしたらモバにとって、コヨリさんは唯一の天敵なのかも知れない。

 コヨリさんとモバが組めば、どんな霊障も簡単に解決できると思っていたが、どうやらそれは叶わぬ事のようだ。


「ほな行こか」

「コヨリさん……過去にソコンさんと何が有ったんですか?」

「……うちの口から言うのは控えるわ。ソコンから聞いて」

「そうですか……」

「……ロックん。アカシックレコードは存在するでえ」

「えっ?」

「宇宙は元々一つから広がった。今は膨大に広がっているけど、それでも一つ一つの御霊みたまは括り繋がってる。まるでインターネットのようにや。そして始まりからの記録は御霊一つ一つに記されてる。せやからこの宇宙全てがアカシックレコードや」

「……なんか壮大すぎて、俺には分からないです」

「それは、うちもやで。所詮人間では情報が莫大すぎて理解するのは不可能やと思う。だから『この過去は悪い』とか『この未来が良い』とかは決めつけられへん。万物は一つ一つが繋がり、複雑に影響しあっているからや。うちが正しいとか、ソコンが正しいとかは、誰にも正解が出せへんのや。アカシックレコードが記す世界は、そんな単純ではない」

「……人は……人類は正しい世界に向かって進んでるんですかね?」

「人類視点で括っても正解、不正解は無いよ。せやから皆が仲良く幸せに暮らす世界線は、残念ながら無いのかも知れんな……」


 俺は再びソコンさんが向かった方角を見詰めた。そして改めて今回の事件を思い返し、夜句間の魔の手から逃れた夕夏さんが、母親の与那さんと幸せに暮らしてる世界線が有る事を切に願った。


「夜亡夜亡さん。夕夏さん。あなた方の冥福を祈ります」


 振り返った俺の視線の先には、パトランプを回す数台のパトカーと共に、トユキさんが両手を振って笑っている姿が目に入った。

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