第11話 ククリの巫女
鈴の音は明らかに近づいて来ていた。
俺達の居る方に……。
恐らく警察では無い。
鈴の音だけで、明かりが一切見えないからだ……。
「そんな……あなた、どうやってヤマカカの結界を……」
「ミロロの持ってるタブレットに、うちの御札をこっそり貼っといたんや。それをレーダー代わりにして来たんやでー。自分の霊気やから位置ぐらいわかるわ」
暗闇に別の女性の声が響いた。
この声は……。
「コヨリン! コヨリンなの?」
「遅なってゴメンなー。バスもう無かったから、トユキ
ミロロちゃんにタブレットを見せて貰うと、ピンクのタブレットカバーの裏側に、紙の御札みたいな物が確かに貼られていた。
そうか。ヤマカカが俺達を襲って来なかった理由は……。
「デジタルスペクターのアンタには効果ないみたいやけど、普通の霊はあの御札が有るからあの子に近寄れへんよ」
「あなた、何者なの?」
「
「あなたも何も分かっていませんね。私はアカシアの記録を――」
「分かってないのは、あんたや。あんたがタブレットから出た時点で、もう全部終わってる」
__シャン!
それだけだった。
空気まで切り裂きそうな、その強い鈴の一音だけで、揺らいでいた無数の小さな蛍火も、複数居たはずの透明人間の気配も、全て掻き消えた。
懐中電灯で辺りを照らしても、只の山の光景しか映さない。
妖しいデジタルスペクターも、古い山の神も、一瞬で除霊されたのだ。
「す、すげー……」
「コヨリン、本当に日本一の巫女さんだったんだぁ」
「当たり前や。あんた、うちがこの程度の霊に負けると思ってたんか?」
「だって……エピソード⑥でコヨリンも殺されるってぇ……」
「それ信じたから、うちを遠ざけたんか? アホ。その小説の予言は偽物や!」
「ですよね! 俺の事も霊力が有る霊媒師と書いて有ったので、直ぐに見抜いちゃいましたよ」
「ん?」
足音が聞こえ、懐中電灯の灯りが届く所までコヨリさんは近づいて来た。
昼間と服装は一緒だったが、右手には見た事もない形の小さな神楽鈴が握られていた。
てか、この子……やっぱり懐中電灯らしき物を持ってない。明かり無しに一人で漆黒の山中を歩いて来たのかよ……。
ある意味お化けより怖い。
「ロックん。その件に関しては、あながち嘘とも言えんで」
「何の事です?」
「ソコンが全く霊能力が無い人間をスカウトするはず無いやろ。うちの元で修行するか? そこそこの霊媒師に成れるでー」
何か嬉しいような、悲しいような複雑な思いがする事を聞いてしまった。
いや、聞かなかった事にしよう。
「コヨリン。夜亡夜亡さん達は、どうなったの?」
「夜亡夜亡は、夕夏って子と一緒にこの中に鎮めたわ」
そう言ってコヨリさんは左手に握っていたUSBメモリーを見せてくれた。
デジタルスペクターだから、メモリーに封印したのか。
恐らくこんな事、ソコンさんでもできないだろう。
「うちはソコンみたいにデジタルスペクターを呼び出す事はできんけど、パソコンから出てくれたら捕まえて鎮める事ができるんや」
そうなの?
だったらソコンさんと組めば無敵じゃないか。
何だよ、ソコンさーん。
何でこんな凄い人の存在を黙ってたんだよー。
これからどんなやっかいな事件が起こっても、コヨリさんを頼れば解決できるじゃん。
「コヨリさん。ヤマカカの方は?」
「ヤマカカは一応、あの壊れた石碑に鎮めた。けど改めて祀ってあげなアカンやろな」
「結局、ヤマカカの正体は何だったんです? 古い幽霊なのは感じで分かりましたが」
「『カカ』は古語で笑い声やと思うわ。つまりヤマカカは『山の中で笑う者』。恐らく大昔に山の中に住んでいた集団やと思うわ。鬼だの天狗だの言われた集団やろな」
「鬼や天狗……」
「昔は砂鉄などを集める為、山で集団で住んでいた人達が
「なるほど……」
「この辺りの昔の人は、村が襲われないように定期的に若い女性を生贄に差し出していたんやと思う。勿論、ヤマカカ達はとっくの昔に亡くなったし、今はそんな風習どころか、この山の持ち主は、そんな風習が有った事さえ知らんのちゃうかな。だからヤマカカ達を祀っていたはずの、この石碑もこんな状態なんやろ」
そうか。そんな風習が有った場所とは知らず、夜句間はここで夕夏さんを殺して埋めた。ヤマカカは夕夏さんを自分達の生贄の女性だと思ってその魂を離さなかったんだ。
死んでなお、被害にあった夕夏さんは本当に気の毒だ……。
「ところでやけど……」
「はい。何でしょう?」
「今回のうちの初穂料。あんたの事を救ったんやし、あんたから貰うね」
「はい?」
「デジタルスペクターやからな。ほんまは百万貰う所やけど、ソコンの助手やし半額の五十万でええわ。あっ、ミロロの依頼分を引いて四十万でええよ」
「……それ、断ったら?」
「夜亡夜亡とヤマカカを今すぐ開放して、あんただけ山に残して帰るうー」
「払います!」
「おおきにー。毎度ありー!」
そうか。以前、バレリアさんの時に聞いた、凄腕だけど多額の報酬を請求してくる霊能者って、コヨリさんの事だったんだ。
前言撤回。コヨリさんは出来るだけ頼らないようにしよう。
「で、あんたら何時まで抱き合ってんのや? うち邪魔やったら先帰ろか?」
「えっ?」
「ふあっ!」
言われるまで気付いてなかった。
さっきミロロちゃんの事を庇って抱き寄せたままだった。
ミロロちゃんも今更気付いて慌てて離れる。
「さあ、帰ろか。下で警察待ってるわ。ちゃんと謝っときや」
「ちょ、ちょっと、待ってぇ! パ、パンツ……」
「はい?」
「さっき、おトイレしようとした時、お化け出てもダッシュできるよう、パンツ全脱ぎしたんですぅ。ポケットに入れたはずが、無いんですぅ」
「そんなん、犯人独りしか居らんやん」
「いやいやいやいや、俺じゃ無いよ! 俺のポケットも調べてくれていいから」
「じゃあ、近くに落ちてないか探して下さい」
「いや、でも……」
一応辺りを照らしてみたが、一面暗闇だから見つかりそうに無かった。
「ロックんさん。何処かに埋めたんじゃないでしょうね……隠して後日取りに来るとか……」
何で俺が、そんな犬やリスみたいな行動しないといけないだよ!
「もう、ええやん。パンツの一枚や二枚。ロックんが帰りに買ってくれるって」
何で俺が買わないといけないんだよ!
除霊代でパンツどころか明日のパン買う金もねえよ!
「けど、それまでノーパンなら絶対ロックんさんが覗こうとするし……さっきも覗かれたし……」
さっきはゴメン。本当にゴメン。
アレは不可抗力。普通時は絶対覗きません!
「とりあえず、もう行こ。みんな心配するわ」
「あっ! 俺、先頭行きます! 覗き犯人にされたくないですから」
「うー、あのパンツ高かったのにぃー……こうして、闇夜の山中に置き去りにされたパンツは、十年後に電子パンツ妖怪へと変貌して行く。街を破壊する巨大パンツを見て人類は自分達の愚かさに――」
「帰るでぇー!」
とりあえず事件が無事解決して良かった。
被害は俺の貯金とミロロちゃんのパンツだけだ。うんうん。
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