第10話 リアルゴースト

 ソコンさんやトユキさんに夜亡夜亡が現れた事を連絡しようとしたが、スマホが動かない。

 霊障の影響範囲が広がっているのか?

 だとしたら、かなりヤバい状況だ。


「ミ、ミロロちゃん……勿体ないけど、そのタブレット捨てて逃げようか。俺もスマホ捨てるから」

「嫌です、嫌ですぅ。ミロロ、懐中電灯持ってないからタブレットが電灯代わりなんですぅ。それにロックんさんもスマホ捨てたら、GPS頼りの救助隊の人達が、ミロロ達を見つけられないじゃないんですかぁ?」


 GPS位置情報が正確なら、もう既に救助隊の声や気配が近づいて来て良い頃だ。それがさっきから辺りに音一つ無い。恐らくミロロちゃんのタブレットだけじゃ無く、俺のスマホも霊障で狂わされている。俺達は本当に神隠しに遭っているのかも知れない。


「誰も助けに来ませんよ。ヤマカカにあなた達も既に捕まっています」


 ヤマカカ?

 ヤマカカって何だ?


「夜亡夜亡さん。あなたは、ここで亡くなった倉島夕夏さんの母親、倉島与那さんで間違いないですか?」

「はい。ご明察の通りです」


 ミロロちゃんのタブレットの中のデジタルスペクター、倉島与那さんは変わらぬ優しい口調で返してくれた。

 会話形式で対応できるみたいなので、俺はこのまま彼女と交渉に入る事にする。


「なぜ、あなたはミロロちゃんをこの山に誘ったのです? 夕夏さんの側に来たかったからでは無いのですか?」

「それも有りますが、娘の解放です」

「解放?」

「はい。娘の魂は現在、この山に住むヤマカカに捕らわれています。解放するには変わりの生贄がどうしても必要なんです」

「生贄とはどういう事です? ヤマカカとは?」

「ヤマカカはこの山に古くから住む、山の神です。夜句間のせいで娘はヤマカカ達の生贄と勘違いされ、今も魂は捕らわれているのです。解放の条件は娘の変わりの生贄です」


 俺は壊れた石像に目をやった。

 もしかしたら、この石像……。

 そうか! これはこの山の神を祀る石碑だったんだ。

 理由はよく分からないが、その山の神に夕夏さんの魂は捕まっているのか。

 夕夏さんの代わりにミロロちゃんの魂を、その山の神に差し出す事が目的だったんだ。


「夜亡夜亡さん。あなたも夕夏さんを亡くして辛い思いをされたと思います。もし、ミロロちゃんを代わりの生贄として殺すなら、ミロロちゃんのご両親も同じような悲しみを受けると思います。あなたはそれを望みますか?」

「なら逆に問います。どうして私達親子だけが辛い思いをしなければならないのでしょう? 私も娘も生前は慎ましく生きて来たのに……」

「気持ちは分かります。ですが――」

「あなたに何が分かるんです? 分かる訳ありません!」


 急に強い口調に成った。

 確かにそうだ。この状況で下手に同情めいた発言は逆効果に成る。

 ここは論点を変えよう。


「当方は霊媒師です。ヤマカカが霊的な存在なら、夕夏さんの魂を解放するよう交渉してみます。それならいかがでしょう?」

「残念ながらそれは無理ですね」

「何故です?」

「アカシアの記録では、どう運命を変えようとしても、その子はここで虐殺されて死にます。娘のように……」

「自分はアカシックレコードの存在を否定させていただきます」

「私も生前、娘からアカシアの記録の話を聞いた時は、『そんな物有るわけない』と、思っておりました。ですが死んで魂に成ってから娘の言う事は本当だったと悟りました」

「それは、どのような事例でですか?」

「夜句間の魂は、どうなったと思います?」 

「夜句間? 夜句間の魂は既に消滅したのでは?」

「アカシアの記録によると、あいつは深海のゴミみたいなプランクトンに転生したのです。けど直ぐに食べられちゃて再び死ぬから又直ぐに転生するの。そして又ゴミみたいなプランクトンに生まれ変わり、又直ぐに食べられちゃう。何度も何度もアイツの魂は、繰り返し繰り返し、食べられる痛みと恐怖に襲われるの。その無限地獄を何億年も味わう事に成るのよ。ざまぁみろよ。アハハハハハハ――」

「……それは、あなたの願望なのでは?」

「違います。私達が受けた苦しみを考えたらまだ生温い。アイツだけは……アイツだけは、もっと苦しむべき……けど、残念ながら生命体の運命は九つだけ。転生した夜句間の運命も、何の魚に食べられるかが変わるだけ。ミロロちゃんも誰と一緒に死ぬかが変わるだけで、最終的には、ここで死ぬ運命は変えられないの」

「夜亡夜亡さん! だったらぁロックんさんは、ココから逃がしてあげて下さい! 生贄はミロロだけでいいはずです! お願いしますぅ!」

「ミロロちゃん!」


 ミロロちゃんは泣きながら自分が持つタブレットに向かって叫んでいた。

 本当は失神する位、怖いはずなのに……。


「ミロロちゃん、それは駄目だ。君を助ける為に俺は来たんだ」

「ありがとうございます。ロックんさんが来てくれた時、ミロロは死ぬほど嬉しかったです。でも、ミロロと一緒に死ぬ必要はありません。元々、好奇心で行動したミロロの自己責任なんですぅ。あの小説を読まなければ、アカシックレコードの運命も変わっていたかも知れないのに……【とある少女の九つの結末】を読んだ時点でミロロは死んだんです。ココに居るミロロは、リアルゴーストなんです!」

「あの小説に書かれている事は、出鱈目だ。信じる必要はない」

「いいえ。本当の事ですよ」


 自信たっぷりの夜亡夜亡さんに向かって、俺は薄笑みを浮かべながら返してあげた。


「さっきエピソード⑦の最後の部分だけ読ませていただきました。俺が出て来るみたいですが、それだけで嘘だと見抜けましたよ」

「嘘なんか書いて有りません。あのエピソードに出て来るのは貴方です」

「そうですか。ならはっきり言っておきます。あれには俺の事を[大した霊力なんか持ち合わせていない]と書かれて有りました。それが大嘘なんです」

「貴方は自分の事を優れた霊媒師だと思ってらっしゃるのですか?」

「違います。大した霊力なんか持ち合わせていないは、おかしいんです。俺は霊媒師なんです」

「えっ?」

「ろ、ロックんさん、全く霊力が無いんですかぁ? な、なんで、それなのに霊媒師のお仕事してるんですかぁ?」

「たぶん君と一緒かな?」

「ミロロと?」

「超テラテラ怖がりさんだから、怖がる人の気持ちがすげー分かるんだ。そんな人を一人でも救いたくて電網霊媒師に成った」

「アハッ。それならミロロと一緒ですねぇ」

「心配しなくても君の未来は九つなんかじゃ無い。無限だ。ここを乗り切り、二人共助かる未来を切り開こう」

「はぁい。わかりました!」


 ミロロちゃんが力強く頷いた瞬間、タブレットの光が消えた。一旦辺りに暗闇が増す。

 充電が切れたのかと思っていたら、今度はいきなり辺りの暗闇の中に、無数の細かな灯りがチラつき出した。

 なんて言えば良いだろうか。例えるなら、一ミリ以下の蛍が無数に揺らめきながら飛んでる感じだ。幻想的というより、なんか妖しい。

 その無数の細かな灯りが闇夜を不気味に照らすので、薄っすら浮かび上がる草木の中には、何かこちらをおびやかす物が潜んでいるのではないかと、要らぬ不安を掻き立てる。


「な、な、なんでしょうか? このミリミリ火の玉みたいなのは? 夜亡夜亡さんは、何処行きましたあ?」

「私はここに居ますよ。そのタブレットから外に出ました。この無数の光が私です」


 浮かび上がる草木の中に、再び何か別の物が潜んでいる気配を感じた。

 いや、やっぱり気のせいではない。

 よく見たら形が浮かんでいる。

 人影だ。

 それも一つじゃない。

 十数体の人影だ。

 但し、その人影は無色透明だった。

 草木の僅かな歪みだけで、透明の人影だとやっと認識できたのだ。

 ひょっとしたら、今まで気づかなかっただけで、この複数の透明な人影に俺達はずっと囲まれていたのか?


「これからあなた達は、このヤマカカ達に殺されるのよ。アカシアの記録が間違えるはずないわ。これがあなた達の最後。エピソード⑨よ……」


 この透明人間達がヤマカカか?

 恐らく神様と言うより、古くから山に住む亡霊達だ。

 こ、こんなに沢山居たのかよ……。

 ど、どうやって逃げよう。

 ば、万事休すか?

 いや、違う。最後まで打開策を考えるんだ。


「きゃああああ!」

「どうしたミロロちゃん?」


 いつの間にか透明人間の一体が近づいていた。

 身を挺して庇おうと思い、ミロロちゃんを抱き寄せたのだが……。


「あれ?」


 透明人間に襲われていても、おかしくない距離だった。

 だが、その透明人間の一体は蠢いているだけで襲って来ない。

 よく見ると透明人間は五体ぐらい近づいて来ていたが、どうやら俺達を中心に半径一メートル以内には近づけないようだ。

 なぜ?


「オカアサン! ゲテッ!」


 突然ポケットの俺のスマホから、女性の声がした。

 スマホを見るとソコンさんのアドレスと繋がったままだった。

 いつの間に?

 電話は切れてなかったのか?

 てか、今の声誰だよ?


「夕夏。なぜそんな所に居るの?」


 夕夏?

 今、俺のスマホから聞こえた声は、夜亡夜亡さんの死んだお子さんの夕夏さん?


「……鈴?」

「えっ?」

「遠くでぇ鈴のがしません?」


 ミロロちゃんに言われ、耳を澄ました。


 __シャン、シャン、シャン――


 確かに鈴の音だ。

 今度はいったい何だ?

 いったいぜんたい何が起こってるんだ?




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