第9話 あの時の娘のように
「ロックん。あなたの思った通りよ。母親の名前は
「やっぱり。じゃあ、
この場所で殺され、埋められた
与那さんは女手一つで夕夏さんを育てていた所謂シングルマザーだ。
たった一人の家族、夕夏さんが無残な殺され方をしたのだから、怒りと悲しみは計り知れないものだったろう。
「ロックんさん! 有りましたぁ!」
「やっぱり……」
最初、夜句間が夜亡夜亡の正体じゃないと分かった時は、ライター志望の夕夏さんが夜亡夜亡ではないかと疑った。けど、ノベル・リドライが開設されたのは五年前だ。夕夏さんが亡くなった後に開設されている。だから夕夏さんがデジタルスペクターに成ってノベル・リドライを利用してミロロちゃんに取り憑くのも、おかしな話なのである。文を読んでも、ライター志望にしては「ながら」を二回使うなど、読み難い部分が見える。この文は、まだ文書に慣れてない人だと感じた。
故に俺は、他にこの事件の関係者で、ノベル・リドライをつい最近まで利用していた人が居ると考えた。そして、それは的中したのだ。
「ペンネーム『被害者の母』。最近までエッセイ、ノンフィクション部門に『娘の無念』というタイトルで投稿されてますぅ」
与那さんは、夕夏さんを亡くした心労が募り、一年前から入院をしていた。外出も出来ないほどだったみたいだ。それでも与那さんは入院中も被害者の母親としての訴えを死ぬ直前までウェブ小説サイトに書いて投稿していたのである。
「ロックん。夜亡夜亡の正体に関しては、私からソコンに連絡しとく。探索隊は既に向かっているから、あなた達は其処から動かないでいてね。下手に動くと更に山奥の方へと導かされる危険性が有るわ」
「分かりました。宜しくお願いします、トユキさん」
正体は被害者の母親だとは分かった。
しかしミロロちゃんを山中に誘い込んだ理由が分からない。
ここで亡くなられた娘さんのように殺す気か?
「ふあっ! 駄目だ……」
「どうしたの、ミロロちゃん?」
「続き読もうとしたんですがぁ、ここ電波状況が悪いからネットワークが遮断されるんです」
「ああ、そうか。山奥だもんね。通信環境が……あれ、まてよ。通信環境?」
「どうしました?」
「分かった! 通信環境が悪いんだ!」
そうだよ。ソコンさんは海原とか通信基地から離れた場所での交信は無理だと言ってた。これはデジタルスペクターも同じなんだ。つまりパソコン端末が近くに無いと、例え衛星電波を利用したとしても、デジタルスペクターでは、こんな山の中までは来れないんだ。幽霊としては近代化してる分、自然環境が多い所には簡単に行けない。だから誰かの端末に潜んで連れて行って貰うしかないんだ。
「ミロロちゃん! 夜亡夜亡が君を山に誘う理由が分かった。夜亡夜亡は君のタブレットに潜んで、この山まで連れて来て欲しかったんだ。君が常にタブレットを離さないから必ずタブレットを持ってココまで運んでくれると踏んだんだ」
そうだ。ミロロちゃんは夕夏さんと同じライター志望の人間だから、好奇心旺盛な人物だと考えたんだろう。ミロロちゃんが好むホラー小説で興味をそそったんだ。
「だから夜亡夜亡は、ミロロちゃんを殺そうと思って山に誘っていたんじゃない。生前、入院していて来れなかった、夕夏さんの死亡現場に連れて来て欲しかっただけなんだ」
「……本当にそうでしょうか?」
「えっ?」
「だってミロロをココに呼ぶなら、『オーパーツがこの山に眠っている』とか、『本物の妖怪が住んでいる』とかで超テラテラ怖がりさんなミロロは、怖いもの見たさであっさり釣れちゃいますよ。それか、夕夏さんが亡くなった場所に連れて行って欲しいと正直に言えば、コヨリンと一緒に来ています。わざわざ何でアカシックレコードの話をしてまで誘ったんでしょうか?」
確かにそうだ。
なぜ、アカシックレコードの話を出した?
それに自分の子供が悲惨な目に遭っているのに、同じ目に遭わすような内容で誘い出すのも変だ。
そうたよ。もう、この山に来たんだから目的を達成しているのに、この山に閉じ込める必要もない。
なのに、この山から逃さない理由は……。
「夜亡夜亡さんは、本当にミロロの運命を見てるんです。この山でこれから虐殺されるミロロの未来を……」
握っていた手が、再びこれ以上ないぐらい小刻みに震えている。
無理もない。
このシチュエーションで、しかも日が完全に沈んだから辺りは漆黒だ。
更に夜の山の寒さが心だけじゃなく、身体をも震えさせてるはず。
緊張感の中で暫く沈黙が続いたが、限界が来たのかミロロちゃんのか細い声が闇に響いた。
「おトイレぇ……」
「へっ?」
「も、もう我慢できないですぅ……」
あっ、それで震えてたのね。
「む、向こうの茂みに行って、して来たらいいよ。あっち向いててあげるから」
「ムリムリムリムリムリ。この手は絶対離しません!」
「へっ?」
「ここでしちゃいます。手は絶対離さないで下さいよぉ」
「あ……は、はい……」
「あっ! タブレット持ってるからパンツ下ろせない! ロックんさん、ミロロのパンツ下ろしてもらえます?」
「はい?」
「は、早く下ろしてください! 漏らしちゃいますよ!」
「いや……あの……それで構わないなら……さ、下げさせていただきますけど……」
「あっ! タブレットを脇に挟めば大丈夫かぁ。やっぱり自分で脱げまーす」
なんだろう。この純真な男心を弄ばれた感は……これも一種のロマンス詐欺では。
「目を瞑ってアッチ向いてて下さい」
言われなくてもアッチは向くけど、目は瞑れるわけ無いぞ。俺もマックステラテラ怖がりなんだからな。心配しなくても絶対見ないよ!
「できたら耳と鼻と口も塞いどいて下さい」
死ぬわ。だいたい俺の手、何本だと思ってんだよ。千手観音じゃねえぞ。
「ふあああぁぁ!」
「どうしたミロロちゃん!」
突然ミロロちゃんが叫んだので、慌てて懐中電灯で彼女を照らしながら振り向いた。
そこには、しゃがみながら俺をジト目で睨むミロロちゃんの姿が……。
「……何、コッチ見てるんですか?」
「あ、いや、大声で叫ぶから夜亡夜亡が出たのかと……」
「緊張で止まっちゃたから叫んだんです。で? 何、見てるんですか?」
「だ、大丈夫だよ。膝の上のタブレットが邪魔で……いや、違う。タブレットで隠れていて、何も見えてないから……その……」
「いいから、早く向こう向いて下さい。恥ずかしくて死にそうなんですが」
「すいませんでした」
「大丈夫よ。どうせ、もうすぐ死ぬんだから」
「えっ? どういう事?」
「い、い、い、今の……ミ、ミ、ミミロロロロロロの、声じゃ無いぃぃ……」
「んーと……じゃあ、誰の?」
俺は淡い期待を込めてトユキさんが駆けつけてくれたんだと思って辺りを照らした。
だが、暗闇には木々が映し出されるだけで、人影は無い。だとすると……。
俺は再びミロロちゃんの膝の上のタブレットに目をやった。
タブレットの画面全体に鮮やかなグリッチノイズが発生している。
真ん中に黒い人影を映し出しながら……。
「あなた達はこれから、ここで虐殺されるのよ。あの時の娘のように……」
暗闇に女性の声が再び響いた。
感情を逆撫でない、まるで小さな子供をあやすかのような優しい口調が、余計に恐怖を引き立たせていた……。
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