第7話 暗闇の山中

 カーブミラーが度々現れるほど車道は緩くくねり始めていた。辺りには高い建物が見当たらず、古びた木造家屋も増え始め、すれ違う車の数は段々と疎らに成っていく。

 既にここは山裾である。

 目的地は近い。

 空にはもう星が現れ、薄い藍色に染まりかけていた。


 ソコンさんの話では石像の有る林道には外灯は無かったそうだ。途中立ち寄って懐中電灯を買ったのは、この為だ。

 早くミロロちゃんを見つけないと、日が完全に没めば探すのが困難に成るだけでなく、人間以外の物が活発に動き始める。それは生きた野生動物だけでは無い……。


「熊避けに鈴も買っとけば良かったかな。まあ、林道入口から石像までの距離はそんなに長く無いって言ってたから大丈夫だろ」


 ソコンさんの話では、林道入口から数百メートル進むと開けた場所があり、そこから林道を少し逸れた所の大木の横に石像が有ったそうだ。


「あれがその林道入口か」


 俺は近くに有ったバス停横のパーキングに車を停めた。

 そのバス停に置かれたひまわり型の標識には、錆びた時刻表が一枚だけ取り付けて有り、時刻表に目を遣ると既に街中行きの最終バスは出たみたいだった。ミロロちゃんがもしこの山に居るなら、帰りはタクシーを呼ぶか俺が送って行くしかない。必ず生きて俺が連れて帰るが。


 パーキングから離れ、早足で歩いた。

 林道入口付近には何軒かの民家が見える。

 普段なら意識しないが、民家が近くに有る事は、すげー心強く思えた。

 全く人気の無い場所なら足が竦んでいただろう。

 何とかここまで戻って来たなら、助けも呼べそうだ。

 俺は懐中電灯を点け、林道に入った。


「ミロロちゃーん! 居るかー! 居るなら返事してくれー!」


 数十メートル進んでから叫んだ。

 林道の中は既に暗く、懐中電灯の灯りが無かったらまともに進めなかっただろう。

 足元の湿った土が予想以上にまとわりつくので、革靴で来た事を後悔する。

 何かパキパキと枝が折れる音が木々の隙間から度々聞こえ、恐怖が増してしまった俺は自分を奮い立たせる為に更に大声をあげた。


「ミロロちゃーん! 俺だ、穴戸だー!」


 返事は無い。

 夜の山中は、奥に行けば行くほど何かの気配を感じる。

 どうもさっきから何者かに監視されてる気がしてならない。

 俺は堪らずスマホの中のネコに「何か出たら追っ払ってね」と、お願いする。

 連れて来たスマホの中のネコは「ニャ」と短く応えてくれた。

 モバが居なかったら俺は怖くて、これ以上進めなかったかも知れない。情けない話だ。


「あれがソコンさんの行ってた開けた場所かな?」


 懐中電灯を当てた場所は、そこだけ林道が数メートル広がっている事を教えてくれた。

 俺は近くに大木が無いか辺りを照らしながら探した。

 ここで懐中電灯が草木以外の何かを照らしたら腰を抜かしそうだが……。


「モバ! 何か気配は感じるか?」


 聞いても無言だった。

 スマホを覗くと、モバは黙って一点を見詰めている。


「何かそっちの方角に居るのか?」


 返事が無い。

 いや、何か返事してくれよ。余計に怖い。

 ネコって人には聞こえない、超音波が聞こえるらしいし、超音波を発するコウモリでも居るのかな?

 俺はコウモリだと自分に言い聞かせながら、モバが見詰める方角へと進んだ。


「あっ! あれか?」


 進んだ先に砕けた石の塊が見えた。

 恐らく例の石像だ。思ってたより小さい。

 確かに元は何かの形が有ったのかも知れないが、見るかげもなく砕けた状態だ。

 この辺りに死体が埋められていた事を思い出し、俺は改めてゾッとした。

 手を合わせ、被害者の方の冥福を祈ってから再び懐中電灯を照らして見回した。

 足元も照らして俺以外の足跡が無いか調べてたのだが……。


「あれ? これは……」


 積もった枯れ葉の上に、カーキ色の布切れを見つけた。

 拾い上げて見ると、それはベレー帽だった。

 朝、ミロロちゃんが被っていた物と同じ物だ。

 俺は冷や汗を垂らす。

 やっぱり来てたんだ。

 この場所に……。


「ミロロちゃん! 何処だー! 返事をしてくれー!」


 俺は焦って叫んだ。

 頼む。生きていてくれ。頼む。

 場所を変えてもう少し奥に進んだ時、いきなり肩を掴まれる。


「うわあああぁぁぁぁ!!」

「きゃあああぁぁぁぁ!!」


 腰を抜かしながら振り向くと、そこには同じく腰を抜かして座り込んだミロロちゃんが居た。


「い、いきなりビックリさせんなよ!」

「い、いきなりビックリしないで下さいぃ!」


 何はともあれ生きてて良かった。


「どうして此処に来たんですぅ?」

「それはこっちのセリフだ! なぜ何も言わず此処に来た? しかも君、一人だろ?」

「だってぇ……」


 ミロロちゃんの話では、やっぱりエピソード⑦が帰宅後公開され、俺も死ぬ結末が書かれていたらしい。そしてエピソード⑧も続けて公開され、そこには結局一人で山に入り、誰にも迷惑をかけずに死ぬストーリーが展開されていたので、ミロロちゃんはそのエピソード⑧にしたがって行動していたそうだ。


「夜亡夜亡の正体らしき奴が分かった。凶悪連続殺人犯みたいなんだ。この場所は殺された女性の一人が埋められた場所の一つなんだ」

「やっぱり……何か、そんな気がしてましたぁ」

「さあ、一緒に帰ろう。ココに居たら奴の思う壺だ」

「けど、それじゃあ……」

「大丈夫。誰も死なせはしない。守ってみせる」

「ロックんさん……」


 俺は彼女を安心させる為に、強い味方とココに来てる事を教えてあげようとした。

 そうだ。モバは強い。例え凶悪犯の悪霊だって追っ払って――


「あれ?」


 スマホの画面を見るとモバが消えていた。

 さっきまで居たのに。

 俺は何度も呼び掛けたが、モバは姿を現さなかった。

 ま、まさか又逃げた?


「ロックんさん! た、大変です!」

「どうたした?」


 ミロロちゃんが泣きそうな顔でタブレットを見ていた。

 小型削岩機を使って工事をしている人と同じくらい、身体が小刻みに震えている。

 俺は事態を把握した。

 彼女は最後の運命を告げられたのだ。


「エピソード⑨が公開されました……現在進行形で話が進んでます……」


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