第4話 知恵の輪

 とても印象的な子だった。

 なんて言っていいのか……なんかすげー存在感を感じる。見えないオーラが半端ないのだ。何人かこんなオーラを放つ有名人を間近で見た事有るが、ここまでオーラを放っている人は今まで見た事ない。美人さんとはいえ、何でこの子はこんなに存在感が有るんだろ?

 ビッグシルエットシャツに真っ赤なショートパンツ。服装にはこれといって特筆するものは無いのだが、ただ一点、普通の人と違う所がある。それは髪飾りだ。その長い黒髪のあちらこちらに、折りたんだ和紙が無数に結ばれている。まるでお正月の神社でよく見かける、読み終わったお御籤みくじを木に巻き付けるアレである。どっかで流行ってるのか、その装飾。


 そのお御籤巻付けガールが、ソファーで胡座をかき、俯きながら何かを弄っていた。

 ソファー前のテーブルを見ると、小さな金具がバラバラに散らばっていた。

 見覚え有ると思ったら、整理棚に置いて有った五十個の知恵の輪セットだ。

 ほとんどが、もう外れてる。

 お御籤ガールは残り数個に成った知恵の輪も手際よく外していた。

 俺が三十分かけて一個も外せなかった知恵の輪を、この子は俺がコンビニに行ってた十五分間で、ほとんど外してしまったって事か?


「ホイサッ! 全部とれたでえー」


 五十個全部外したんだ。すげー。


「うちとした事がこんな玩具に一分もかかるとは。まだまだ修行足りんわ」


 一分?

 まさか五十個の知恵の輪を一分で外したの?

 流石にそれは盛りすぎでしょ?


「ところでアンタ誰や?」


 いや、それ俺のセリフですが。

 てか、この子ホント何者なんだろ?

 事務所にはいれたって事は、ソコンさんがもう帰ってたのかな?

 ソコンさんが簡単に中に入れるくらいだから、恐らく顔見知りだな。


「はじめまして。最近アシスタントとして、この事務所に雇っていただいた穴戸録と申します。ソコンさんは、奥の部屋ですか?」

「ううん。うちが来た時は誰も居らんかったで」

「あれ? それなら鍵が掛かってませんでした?」

「掛かってたでー。けどうち、アレぐらい開けれるわ。電子ロックやったら無理やけど」


 何言ってんだ、この子?

 まさかピッキングして侵入したとかじゃないよな。

 合い鍵持ってたとしたら、ソコンさんの家族か?

 歳の離れた妹か親戚……まさか彼女じゃないよね?


「んっ? んんっー……あかん。これは不味いわ。アンタ……ちょっと、ええか?」

「は、はい。なんです?」


 謎のお御籤巻付けガールは、急に立ち上がり、俺の顔を見詰めながら近付いて来た。

 凄い眼力めぢからで、ガン見されると恐縮する。

 年下の子だと思うけど、何か見えない圧ですっかり押されてしまう。本当にすげーオーラだ。


「アンタ! 恋人は?」

「えっ? あ、い、いません」

「やっぱり。最後に交際したの何時や?」

「しょ、小学生の時のを入れて良いですか?」

「アカン!」

「駄目なら女性と付き合った事ないです」

「そうやと思ったわ。アンタ、非モテの邪鬼に取り憑かれてるわ」

「はい?」

「このままじゃあー、一生結婚できんな。でも安心し。アンタ、ラッキーやわ。うちに出会えた事に感謝せなアカンで」

「はあぁ?」

「うちがお祓いしてあげる。うちの守護神は縁結びの神様や。邪鬼を祓ってモテ気突入させてあげるわ。こんな時の初穂料が幾らか気になると思うけど安心し。本当は相場十万なんやけど、ソコンの助手やから半額の五万でええわ。あっ、勿論アンタの気持ちの問題やから上乗せしてもええんやで」

「あのー……ちょっと良いですか?」

「なんや? 信じてへんのか? やったら三ヶ月以内に彼女できひんかったら一割返金するわ」

「いや、もっと根本的な事です」

「なんやな?」

「あなた何者ですか?」

「あれ? うちの事聞いてへん?」

「はい」


 お御籤ガールは顎に手を添えて少し悩みだした。俺が彼女の事を知ってて当然だったみたいだが、ソコンさんからは誰かが訪れる事は聞いていない。ひょっとしたら招かざる客か?


「まあ、ええわ。ソコンが喋ってへんなら、うちから言う必要ないわ」

「今日はどういったご用件でこちらへ?」

「今朝、うちの友達来たやろ?」

「友達? あっ! もしかして貴女が紹介者のコヨリさん?」

「そうや。うちが越峰こしみね紙縒こよりや。ミロロは高校からの友達や」


 という事は、この子もミロロちゃんと同じ十八歳か。そう考えるとミロロちゃんはかなり幼く見えるな。


「ミロロやけど、どうや? 取り憑いた霊の正体わかった?」

「いいえ。その件でソコンさんは今、外出して手掛かりを探してます」

「そうか。なら正体掴むまで、うちは動かん方がええな。ミロロに危害与えるかも知れんしな」

「ちょっと聞いて良いですか?」

「なんやー?」

「ミロロさん、本当にデジタルスペクターに取り憑かれてると思います? 嘘をついてる可能性は無いですか?」

「間違いなく取り憑かれてるわ。それはうちが確認できてる」

「確認? 確認できるという事は、もしかして貴女も霊能者ですか?」

「そうやで。日本トップクラスやで」


 ミロロちゃんといい、この子といい、誇張表現が多いな。日本トップクラスの霊能者がまだ十八歳で、こんな所で知恵の輪してる訳ないでしょ。でも、確かにオーラ有るし、神秘的な容姿だからソコソコの霊能者なんだろうな。流石にデジタルスペクターを祓うまではできないだろうけど。ソコンさんが普通の霊能者じゃデジタルスペクターを除霊するのは無理だと言ってたから。だからミロロちゃんもこの子じゃなく、ソコンさんに頼みに来たわけだし。


本当ほんまはデジタルスペクターでも、うちが四六時中側にいたら大丈夫なんやけど、ミロロは何かうちを頼りにしたくないみたいなんや。せやからソコン紹介したんや。ソコンに霊の正体わかったら、うちに連絡するように言っといて。あっ、連絡先教えるからアンタでもええよ」

「そうですね。じゃあ聞いときます」


 互いの連絡先を交換した後、コヨリさんは手を振りながら事務所を出て行った。

 なんか男勝りでサッパリした性格の子だな。女子からも人気有りそう。

 俺は彼女が帰った後、ふと足元のテーブルに目をやった。

 知恵の輪は片付けてない状態だ。


「俺が片付けるのかよ。仕方ないな……」


 俺は愚痴を溢しながら知恵の輪を一つ摘まんで持ち上げた。

 すると――


「えっ?」


 他の知恵の輪も一緒に連なって持ち上がった。

 バラバラだった五十個の知恵の輪は、いつの間にかチェーンのように一つに繋がっていたのだ。

 まるで見えない何かで、括り付けてあるかのように……。




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