第13話 アイドル
ショピングモールの駐車場には、子供達が燥ぎながら駆け抜ける姿が見えた。
休日なので何かのイベントが有るのだろうか?
子供の頃は自分も休日のたわいない街中イベントに、心を踊らせていた事を懐かしんだ。特に華やかな衣装を着たアイドルには、興味ないふりして目を輝かせていたっけ。
あの頃、アイドルは手の届かない別次元から来たお姉さんだと思い込んでいた……。
今日は特別に休暇を貰った。
気晴らしに買い物に来たが、何を買うわけでもなくウロウロするだけで、どうも気分は晴れて来ない。
あの事件から日にちは経っていたが、俺は今だに推しロスを引きずっている。
何せあんな別れ方だから仕方がないのだ。
アイドルとは人々に夢や希望を与え、コアなファンにとっては生き甲斐そのものである。人によっては愛を込めた熱烈な応援、そして多額のお金を注ぎ込んで来ただろう。故にこんな形で推しのアイドルが消えたなら……。
トユキさんの話ではエイトスロープが消滅したことで、ネット上には数件のスーサイドパクトを誘う配信者が現れたみたいだ。何とか未然に防いだそうだが……。
前方を見ると施設内の吹き抜けの所にイベントホールが有り、そこに小さなステージが組まれているのに気が付いた。
どうやら『ウエストキャンプ』というアイドルが来るみたいだ。聞いた事ない名前だから、まだ売れてない新人アイドルなんだろう。
ちょっと見て行こうかと思ったが、開演にはまだ時間があるみたいだ。
その間、ゲームセンターで暇を潰そうと思い、その場から離れようとしたら急に後ろから背中を叩かれた。
「やっぱり、ニセ探偵さんだ」
「ユカリさん!」
元エイトスロープのメンバー、三室紫さんがそこに立っていた。ユカリさんは、丈が極端に短い紫陽花色の振り袖を着ていた。和風なのにニーハイを履いており、その派手さから見て明らかにステージ衣装だ。
「ど、どうしたんです。そんな格好して」
「そんな格好って、これから歌うのよ。私、ウエストキャンプってアイドルグループを新たに結成したの」
「えっ? じゃあ、今日のイベントはユカリさんの所属グループ?」
「そうよ。ちゃんと聞いて言ってね」
ユカリさんがヨドヤマエージェンシーを辞めずに残った事は知っていた。あんな事が有ったので、てっきり芸能界を引退すると思っていたのでこれには正直驚いた。しかも彼女は以前より明るく元気に見える。何で明るく振る舞えるんだ。
「……ユカリさん」
「なーに?」
「借金は返済されたと聞きました。もう、あなたをアイドルとして縛るものは無いはずです。あんな事が有ったので、あなたに対する風当たりも強いはずです。なのに……なのに何故あなたは、辛い思いをしてまで残って続けるんですか?」
「何故って? だって、私アイドルだもん」
「アイドル……だからですか?」
「そうよ。アイドルだから、応援してくれた人達の夢を壊したまま辞める訳にはいかないじゃない」
「……ユカリさん。控えめに言って最高です。あなたの新たなアイドル活動、推させていただきます!」
「ありがとう。あっ、コガネ達もブイチューバーとしての活動はじめたって言ってたわよ。応援してあげてね」
「はい!」
ユカリさんは俺に手を振った後、笑顔でスタッフさん達の元に走っていた。
その時、俺のスマホの中の猫が「ニャア」と鳴いた。
スマホを取り出して見ると、ユカリさんとコガネ、シラガネ姉妹の新しいオフィシャルサイトのアイコンを咥えたモバが其処に居た。
化け猫のくせに気が利くではないか。
俺はユカリさんのミニコンサートが始まるまでに二つのファンクラブの登録を済ます。
ヨッシャ、今回も最古参だぜ。
その後、ウエストキャンプのステージが始まった時には、人目もはばからず最前列でノリノリに応援している俺が居た事は言うまでもない。
[この事件ファイルは解決した為、過去ログに保存されました]
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます