第12話 五人目

 電網霊媒師事務所の近くの公園ベンチで、俺は魂が抜けた状態で座っていた。

 余りの自分の不甲斐なさに怒りを通り越して、全てが嫌に成っていた。

 今の俺にデジタルスペクターが取り憑いたら、間違いなく簡単に自殺をするだろう。

 いや、取り憑かれなくても危ない。

 それだけの喪失感に襲われていた。


 ミナミちゃんが自殺をしたほぼ同時刻、警察署で取り調べを受けていた澱山社長が突然発作を起こし、「これは呪いだ。呪いのスーサイドパクトなんだ」と叫んだ後、自らの舌を噛み切った。直ぐに社長は病院に搬送されたが、今度は搬送先の病院で包帯を使って自らの首を絞めると、そのまま三階の窓を叩き壊して飛び降りた。更にその後、足を複雑骨折してるにも拘らず、這いずりながら近くを走っていた車の方に向かって飛び込み、最後は頭を引かれて亡くなった。不思議なのは屈強な警察官が数人がかりで取り押さえていたのに、五十代の社長に力負けして誰も自殺行為を止められなかったそうだ。

 俺はこの話を聞いた時、誰が犯人の仲間だったのか、やっと察しがついた。

 時すでに遅しだが……。


「正体が分かったぜ」

「ソコンさん……」


 ソコンさんは呆れた顔で俺を睨んでいた。

 俺が朝から仕事をさぼっていたからだ。


「オトハ達を呪い殺したデジタルスペクターの名は北乃きたの天馬てんま。三ヶ月前までエイトスロープのマネージャーだった男だ。半月前に異国の地で海に飛び込み、人知れず自殺している。今朝、奴の方から俺にコンタクトを取って来たんだ」

「元マネージャー……」


 ソコンさんが教えてくれた事件のあらましはこうだ。

 北乃天馬と舟木水美は恋愛関係にあった。

 無論、マネージャーとタレントとの恋愛は御法度である。特に澱山社長が金づるのエイトスロープと社員の交際を認めるわけがない。だから二人は交際を隠していた。だが、オトハ、ラン、リナの三人は二人の関係に気づき、社長に密告する。当然社長は怒り、北乃をエイトスロープのマネージャーから外すと、反社の方々に頼んで北乃を痛めつけ、海外送りにする。北乃は奴隷のような生活を余儀なくされた。しかも海外先で病気を患い、余命も僅かと成る。

 北乃は自殺を決意した。

 その前に何とかミナミちゃんと連絡が取れ、その事を告げると、ミナミちゃんは自分も後を追うと言う。そこで二人は、自分達だけ死ぬのは割が合わないと考え、自分達を不幸にしたエイトスロープを呪い、消滅させる事を企む。

 二人は普段からミナミちゃんをイジメていたオトハ、ラン、リナ、そして元凶である澱山社長を合わせた四人を、先に自殺して怨霊と成った北乃が呪い殺した後、最後はミナミちゃんも後追い自殺をして道連れ自殺を完成させる計画を行なったのである。つまり今回の事件は、愛し合う北乃天馬と舟木水美が交わした復讐の為の無理心中スーサイドパクトだったのだ。

 俺達は二人の呪いを阻止する事ができず、まんまとこの計画を完成させてしまった。

 ただ一つ計画外だったのは、キラちゃんがリナちゃんを刺し殺した点で、本当はオトハちゃん達と同様に北乃が呪い殺す予定だったのだ。

 二人は他のエイトスロープのメンバーに危害を加えるつもりは初めからなかった。


 出雲の阿国の逸話に、阿国が念仏踊りを踊っていると、死んだ恋人の名古屋山三郎の亡霊が現れて一緒に踊ったというものがある。

 ソコンさんによると、ミナミちゃんにも海外に居る霊とコンタクトを取れる能力、つまりデジタルスペクターでもパソコンを使って呼び寄せる事ができる力が有ったらしい。もしかしたら彼女も阿国みたいに巫女の血筋だったのかも知れない。その力が有ったからこそ今回の呪いが成立したのだ。

 ミナミちゃんがあの日、俺を待ち伏せて阿国の話をしたのは、自分が亡霊を呼び出して操っている犯人だというヒントを教える為だったのだろう。

 そう考えると、彼女は本当は自分達の呪いを止めて欲しかったのではないだろうか?

 あの時、俺がその事に気づいてあげて、ソコンさんに頼んで北乃に呪いを止めるよう説得して貰っていれば、それ以降は誰も死なずに社長の逮捕だけで終わっていたかも知れない。

 もしかしたらミナミちゃんも北乃に対する自殺教唆罪で捕まっていたかも知れないが、罪はそんなに重くなかったはずだ。あれ以上誰も罪を重ねずに済んだのに……俺が、もっとしっかりしていれば……。

 何が人助けをモットーとする電網霊媒師だ。誰も救えなかったじゃないか。


「辞めたく成ったか?」

「ソコンさん……」

「この世にとどまっている霊は、何らかの未練を残している。その未練には怨みや憎しみの類が多い。言っとくがこの仕事の相手は、救われない人間ばかりだぞ。依頼側、亡霊側、どちらもな。それを肝に銘じとかないと続ける事はできない。辞めたきゃ辞めろ。お前さんをこの世界に誘ったが、別に無理には引き止めない」

「……それでも……それでも救える可能性が少しでも有るなら、救える人が一人でも居るのなら、俺は続けたいです」

「……そうか」


 ソコンさんは俺の返事を聞くと、それ以上は何も言わずマンションの方に向かって去って行った。

 俺は誰も居なくなった公園のベンチで、エイトスロープの曲をワイヤレスイヤホンで聞いた。

 聞いた所で亡くなったメンバーが戻って来る訳ではない。ただ、彼女達のレクイエムとして、聞かずにいられない。

 イベント時の楽しかった思い出を振り返りながら、再び俺は大粒の涙を落としていた。


「ニャア」


 歌声の音量が急に下がり、モバの鳴き声がイヤホンから聞こえた。

 スマホに目をやると、画面が俺とミナミちゃんのツーショット写真に変わっていた。

 モバが持って来たんだと思って写真を眺めていると、突然写真のミナミちゃんが涙を流しはじめた。そして口も動き出す。


「ごめんなさい。さっきソコンさんって方に言われました。『このまま逝っていいのか?』って……やっぱり、ちゃんと本当の事を言って謝らないと駄目だと思いました……」

「ミナミちゃん……」

「あの時……あなたと再開した時、人違いで天馬さんの名前を叫んだんじゃないんです。天馬さんが穴戸さんに取り憑いて殺そうとしたから止めたんです」

「そうだったんですか」

「けど、『計画の邪魔に成るから』と言われ、私も納得しました。あなたを殺す事に賛成したんです。酷いことをしました。本当に、本当にごめんなさい……」

「謝らないで下さい。謝るのは俺です。俺が鈍感で本当に申し訳ないです」

「私の事、恨んでないんですか?」

「恨む? なぜです?」

「だって、犯人なのを隠していて、お仕事も失敗させてしまって……」

「仕事の失敗は自分の責任です。恨んでいるのは自分の未熟さです」

「相変わらず真面目なんですね。本当にあなたを殺さなくて良かった……」

「自分は、あなた達を心の底から救いたかったです」

「ありがとうございます。でも、私達に慈悲は必要ありません。どうかお元気で。今度こそ永遠のさよならです」

「ミナミちゃん……」

「穴戸さん……本当は私、あなたの事をずっと……」


 ミナミちゃんは何かを最後まで言えぬまま、ツーショット写真はグリッチノイズがかかって画面から消えた。

 イヤホンからは再び大音量が流れだし、霊界との交信は途切れた。


「どうか……どうかミナミちゃんが、あの世では幸せに成れますように」


 俺は天に向かって切に願った。

 止まらぬ涙もそのままに……。


「亡くなった皆さん……あなた達の冥福を祈ります……」


 二度とこんな失態はしない。

 必ず俺は成長してみせる。

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