第10話 三人目

「急に戻ってもらってすいません」

「何よ? アタシら明日の為のリハが有んだけど」


 俺は先程のミーティングルームに再びメンバー全員と大門時さんに集まってもらった。

 キラちゃんも、俺がメールで[呪いを掛けた犯人が見つかりました]と送信したら、すんなり戻って来てくれた。

 それぞれが着席し、俺はホワイトボード前に立つ。


「実は今回の清河音葉さんと戸月蘭さんの連続自殺の件なのですが、彼女達は自分の意思で自殺したのでは有りません。彼女達は呪い殺されたのです」


 その場に居た全員が驚きの表情をした。

 ただ一人、キラちゃんだけが片方の口角を上げて静かに笑っている。


「驚かれるのは無理も有りません。呪いなんて非科学的な事が実際に存在するとは、信じられないでしょうから。ですが、皆様も二人の自殺は明らかに不自然だったと感じていたと思います」

「だ、誰が呪いを掛けたと言うんですか? スタッフの誰かですか? それともエイトスロープのアンチ?」

「落ち着いて下さい、大門時さん。実は呪いを行っている犯人は、既にこの世に居ないんです」

「えっ?」

「あなたも、ご存知じゃないですか? 梅地鉄矢さんというファンを」

「ああ、確か半年位前に、当時のエイトスロープのマネージャーだった北乃さんに聞きました。メンバーに迷惑メールをしていたストーカーですね」

「そうです。実は梅地さんは半年前に、電車に引かれて亡くなってます。他県で亡くなったので皆様も初耳だったかも知れません」

「あのー、ちょっと良いですか?」

「はい、何でしょうユカリさん」

「私はその方を知らないんですが、呪いだとして、なぜオトハ達をそんなに恨んでいたのですか?」

「実は恨んでいた訳ではなく、愛し過ぎたが故なのかも知れません。ユカリさん以外はご存知でしょうが、梅地さんはメンバー全員に[結婚してくれ]のラブコールメールを送ってました。プライベートのメールアドレスを不正入手してまで。勿論、皆様は無視しましたよね。なんせ結婚年齢に達してないコガネちゃん達にまで送っていた人ですから。しかし、メンバーで唯一相手をした人物が居るんです」


 全員が静まり返った。

 視線が俺に集中する。

 俺は梅地さんとメールのやり取りをした唯一の人物の方を向いた。


「千本射梨奈さん。あなたです」

「はあ? アタシ? 何でアタシがキショプーの相手しないといけないの? 証拠あんの?」


 その時、インスト曲が室内に流れた。

 エイトスロープのヒット曲のサビの部分だ。

 発信場所はリナちゃんのスマホである。


「あなたにメールを届けました。見て下さい」

「メール?」


 そのメールの内容はこうだった。


 梅地[結婚して]

 梨奈[タヒね]

 梅地[わかりました。自殺します]

 梨奈[どうせなら私より人気が有る奴を呪い56してタヒんで。そしたら、あの世で結婚してやる]


 梅地鉄矢さんとリナちゃんのショートメールでのやり取りだ。それを見たリナちゃんは明らかに困惑している。


「そんな……これ、消したはずなのに……」

「梅地さんのスマホに残っていたそうです。当初警察は梅地さんが当日泥酔されていた為、事故か自殺か判断できなかったそうです。特に遺書も見当たらなかったので事故扱いに成りましたが、梅地さんは掲示板サイトに自殺を仄めかす内容を投稿しており、更にこのメール内容と見合わせると、自殺だったんではないかと考えられます」

「……でっ?」

「『でっ』と言いますと?」

「ああ、確かにこんなメールしたよ。でも、ストーカーされてた被害者はアタシだよ。このメール内容も冗談だってわかるでしょ? まさかオトハ達が死んだのアタシのせいにしたいの? たとえ本当にキショプーが呪い殺したのだとしても、真に受けたアイツが悪い訳だし、呪いじゃ殺人を立証できない。アタシに何の罪も無いわよね?」

「残念ながら罪は有ります」

「えっ?」

「あなたが冗談で返したんだとしても、梅地さんが自殺したのなら、梅地さんに対する自殺教唆罪に成ります。隠語を使っていたとしても言い訳には成りません」

「そ、そんな。そんなの、みんなヘーキで使ってるじゃん。アタシもアンチに散々[死ね]って書き込まれてるのに、何でアタシだけ罪に成るのよっ?」

「そうですね。ネット社会の問題点の一つです。けど、人が使っているからと言って、[死ね]だの[殺す]だのと言った言葉は、安易に使って良いわけじゃないんです。自分もやられてるなら尚更言われる側の立場に立ってあげて欲しかったですね」

「……アタシにどうしろって言うの? アタシはアタシなりにストーカー対策しただけよ。まさか自首しろって言うの?」

「確かに元々の原因は梅地さんのストーカー行為です。その事も含め、良かったら話し合ってもらえませんか?」

「話し合う? 誰と?」

「梅地さん御本人とです」

「キショプーと?」

「そうです」

「いや、だってアイツ死んだんだろ?」

「はい。なので今から彼を霊界から電話口に呼び出します。現状リナさんより人気上位の二人が死んで呪いは止まってますが、今後どうなるか分かりません。ですから彼と話し合って呪いを解いて欲しいんです」

「意味わかんない。どうやって――」

「実は身分を偽っていましが、自分は霊媒師です。死者の魂を呼び出す事が可能です」


 ここは敢えてインターネット専門の霊媒師を名乗る必要はない。

 他の人達が安心する為にも、梅地さんの霊とリナちゃんには皆んなの前で話し合ってもらい、呪いを解いてもらう。

 もうすぐ梅地さんとコンタクトをとったソコンさんから電話が入るはずだ。

 このミーティングルームにはカメラが設置されてるので、ソコンさんは自宅のモニターで様子を見ていたはず。


「キラ、どこ行くの?」


 キラちゃんが急に立ち上がった。

 その瞬間、俺のスマホが鳴る。


「あ、ソコンさん待ってました。ちょうど――」

「その金髪女を止めろ!」


 金髪女?

 俺はコガネちゃんの方を見たが、止めるも何もジッと座ったままだ。


「コガネちゃんを止めろって、どういう事です?」

「違う! もう一人の方だ!」

「きゃあああああぁぁぁ!」


 突然叫び声が上がった。

 声が上がった方を見ると、リナちゃんが椅子から転げ落ちている。

 そして、その胸には……その胸にはナイフか刺さっていた……。

 俺は状況が理解できず、固まってしまう。


「キ、キラ……てめぇ……」

「ざまあ。これでアタイらの呪いは解けたね。お前は地獄で約束通りキショプーと結婚してな。キッシッシシッ」


 ブリーチのしすぎで金髪に成ったキラちゃんが、倒れたリナちゃんの傍らに立っていた。

 ナイフで刺したのはキラちゃんだ。

 しまった。な、なんて事だ。

 まさかキラちゃんが、こんな行動に出るなんて……。


「きゅ、救急車だ!」


 大門時マネージャーはキラちゃんを取り押さえ、ミナミちゃんが救急車を呼び、ユカリさんがリナちゃんの手当てをしだした。コガネちゃん達は動揺しながらも他のスタッフを呼びに行く。

 クソッ。何してんだ俺は。

 これ以上被害者を出さないと決意したはずなのに……。


「す、すいません。ソコンさん折角呪いをかけた梅地を見つけたのに――」

「梅地じゃなかった」

「えっ?」

「さっき梅地と交信した。奴の死は自殺じゃない。本当に事故だ。オトハ達を呪い殺した犯人じゃなかったんだ。俺達はまんまと騙されたんだよ。呪いをかけた電子幽霊はんにんは別に居る」


 そんな馬鹿な……。

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