第7話 ストーカー

「君達、まだ帰らなくていいの?」

「うん。パパもママもどうせ、こぉたん達のお金で飲み歩いてるから」


 確かに酷い親だ。育児放棄どころか金づるにしてるじゃないか。ユカリさんの言う通り、家庭環境に問題ありだな。


 時間は夜の九時を回っていた。

 俺はまだビルの中に残っていて、大きな鏡が張られたレッスンルームでコガネ、シラガネ姉妹の遊び相手をしている。

 スタッフ達や所属タレントがまだ数人残っているが、昼間に比べると数は減らしていた。


 俺は不本意な自殺未遂の後、ビル内の人達に片っ端からスタッフやファンで最近亡くなった人が居ないか聞いてみたが、誰もが一様に口が重かった。

 まさか社長から釘を刺されているのだろうか?

 だとしたら犯人を探して欲しいと言う依頼と矛盾してるじゃないか。

 自分に都合の悪い事は嗅ぎ回るなって事か?

 このままでは犯人が特定できない。

 俺はかなり行き詰まっていた。


「でけたぁ。これ探偵たんだよぉ」

「おい! なんで俺がハゲキャラなんだよ!」

「「キャハハハハハハハ」」


 俺は二人のCGアバターのカスタマイズ……て言うか、美少女キャラの着せ替え遊びにつきあっているのだが、二人はアイドル活動している時よりも、やけに生き生きとしている。

 話を聞くと、どうやら二人は声優かVチューバーに成りたかったそうだ。でも「声優より普通のアイドルの方が金に成るから」と、無理やりエイトスロープのメンバーに入れられたらしく、さっきからその愚痴ばかり聞かされている。


「スズたんも前のマネージャーも良い人だったのに、急に居なくなっちゃったし、エイトスロープつまんないよぉ」

「良い人すぐ居なく成るよねぇ。ミナたんもユカたんも、もうすぐ居なくなるのかなぁ?」

「……君達の回りで、オトハさん達以外で亡くなった人は居る?」

「ううん。こぉたんは、知らない」

「しぃたんも知らない」

「最近、何か変わった事が起こらなかった?」

「そう言えばさっき、スマホが変に……」

「何っ?! スマホがどう変だったんだ?!」

「なんか鼠の絵が勝手にダウンロードされてたのぉ」

「あっ! それ、しぃたんも!」


 あの馬鹿猫……。


「そ、それ以外に何か変わった事は? 例えば変なファンが、近所に彷徨いてたとか」

「変なファンって、探偵たんみたいな人?」

「ああ、そうだよっ!」

「キャハハハハハハハ」

「あー、そうだ! しぃたん、しぃたん。ちょっと……」


 コガネちゃんは急にシラガネちゃんとコソコソ話をしだした。二人は流石双子だけあって、息もピッタリに同時に頷き合う。


「一人知ってるよぉ。めっちゃキモい人」

「みんな握手やチェキすんの嫌がってたぁ。陰ではボロクソ言ってたよぉ」


 何だ。只のファンの悪口かよ。

 俺が知りたいのは死んだ人間か、エイトスロープを呪いたいほど憎んでる奴なんだけど……。


「それでね、その人どうやって調べたか知らないんだけどぉ、メンバーにメールを送ってたの」

「えっ? どんなメール?」

「[結婚してくれって]いうメール。メンバーみんなにだよぉ。それも毎日。ウザかったよねぇ、しぃたん」

「そ、それで、今は? まだメールは来るの?」

「ううん。急に来なく成った。スズたんが辞める前ぐらいかな」


 半年位前か。なら、ユカリさんの知らない人物だろう。


「その人の名前わかる?」

「ううん。みんなキショプーって呼んでたよぉ」

「何か他に特徴とか手掛かりない?」

「うーん。キショプーって感じぃ」

「あれはキショプーだよねぇ」


 答えに成ってない。

 しかし気になるな。ひょっとしたら今回の件の重要人物かも知れないぞ。少なくともメンバーのアドレスを盗めるぐらいにパソコンに詳しい人物なら、死んでからデジタルスペクターに成る確率が高いだろう。ネット依存症の人ほどデジタルスペクターに成りやすいとソコンさんが言ってたから。


 俺はもう少しコガネちゃん達から情報を得たかったが、スタッフが二人を自宅まで送る時間が来たので諦めるしかなかった。

 帰り際、しっかり二人からケツキックの挨拶をもらう。そんな、ご褒美要らねえぞ。


「とりあえず今日は一旦ホテルに戻るか」


 契約期間中、近くのビジネスホテルに宿を取ってもらっている。正直一人だと又自殺を促さられるかも知れないので怖いんだが、仕方がない。モバが助けに来てくれると信じる。


 不安を抱えながら階段を下り、ビルを出る手前の所で私服のリナちゃんと鉢合わせた。俺の方を見て、あからさまに嫌そうな顔をされる。リナちゃんは俺の事覚えてないのかな……。


「さっきはどうも。リナさんは俺の事覚えてます?」

「ふん。覚えてるよ。ミナミのストーカーでしょ」

「いや、俺はミナミさんだけでなく、昔からエイトスロープのファンですから」

「調子いい事言わないでくれる。社長が何心配してんのか知らないけどさー、部外者がウロウロしてると空気悪く成るし、目障りなのよ」

「すいません。仕事ですから解決するまで我慢してもらえますか?」

「ざーとらしい謙った態度。虫唾が走るわ」

「き、気をつけます。あっ、そうだ。伺いたい事が有るんですが、そのー……キショプーさんって、ご存知ですか?」

「……キショプーが何?」

「いや、名前とか特徴とか知っていれば教えて欲しいと思いまして……」

「アンタと同じストーカーだよ。もう良いでしょ? アタシ疲れてるから帰るわ。バイバイ」


 そう言って背中を向けられた。

 リナちゃんもっと愛嬌の有る子だと思ってたのに。やっぱアイドルって裏表が有るのかなー……化かされてる気分だ。


「あっ、探偵。一つだけ良い事教えてあげる」


 さっきまで仏頂面だったリナちゃんだが、急にスイッチが切り替わったかのように、何時もの愛らしいリナスマイルとキツネポーズを俺に向けてこう言った。


「明日からエイトスロープは生まれ変わるよぉ。死人はもおぉ出ないっ!」


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