第5話 潜入
すぐ側を流れる川の畔には、沢山のカップルが並木のように綺麗に等間隔に並んで座っている。
この川の名物にも成っており、パーソナルスペースを気にしない海外の観光客は、この現象を不思議そうに眺めていた。
子供の頃、この光景を見て「いつか俺もアイドルみたいな可愛い彼女とあの畔に座ってやる」と、思ったまま今に至る。いや、いつか必ず座ってみせるけどね。
俺は、とある雑居ビルの五階に居た。
このビルの二階から五階までの全てがヨドヤマエージェンシーの事務所やスタジオに成っている。
そして清河音葉が自殺を行なった現場でもある。屋上は現在封鎖されており、一階の玄関前には沢山の花束が置かれていた。まるでこのビルが大きな墓標のようだ。
「あ、おはようございます。あなたが社長が言ってた興信所の方ですね?」
「おはようございます。そうです。穴戸探偵事務所の穴戸録と申します」
「マネージャーの
「ご安心下さい。これ以上の連鎖自殺が起こらないよう、必ず原因を追求してみせます」
戸月蘭が入水自殺を図ってからから三日が過ぎていた。
彼女は身投げした橋から二キロ先の下流で救出されたが、その時には既に意識がなく、搬送先の病院で死亡が確認されたそうだ。
意識がなかったのに自撮り棒とスマホはしっかり握っていたらしい
そしてソコンさんに拠ると、そのスマホには清河音葉と同じデジタルスペクターの痕跡が残っている事をモバが見つけてくれたそうだ。
この二つの自殺は、同じデジタルスペクターが関与しているのは間違いないだろう。
「メンバーは全員来てるんですか?」
「はい。予定していたイベントは全て中止しましたがね。コガネ達はブーブー言ってましたよ」
「未成年の高殿姉妹も来てるんですか? 親は心配してないんですかね?」
「アソコの親は二人を打出の小槌ぐらいにしか思ってないでしょうね。二人も『自分達の親はパソコンとスマホ』って言ってますよ」
「親がパソコンとスマホか……」
正直、メンバー達にはスマホを所持しないようにして貰いたいが、今時の若い女の子がそんな要求を受け入れるわけがない。
かと言って「これは呪いだから」と、彼女達を悪戯に不安がらせると、犯人の思う壺に成る可能性がある。現実に俺はバレリアさんというデジタルスペクターに取り憑かれ、ビビればビビるほど彼女の術中に陥った経験がある。呪いだと教えるのも危険なのだ。
そこでソコンさんと考えた末、社長に頼んで身分を隠した潜入捜査をする事にした。
そういう理由で俺は現在、清河音葉と戸月蘭の自殺原因を探る探偵を名乗っているのである。
これは犯人の手掛かりを探すだけでなく、エイトスロープの護衛も兼ねているので、俺が自ら買って出た。
彼女達のファンである俺は、これ以上メンバーに不幸が訪れて欲しくない。
勿論、護衛役は俺だけではない。彼女達が所持しているスマホには、モバが巡回して警護にあたっている。
社長はこの事件が解決するまで一日五十万の報酬を保証してくれたので、ソコンさんも納得してくれたのだ。
「あっ、リナ! 彼が言ってた探偵さんだよ」
後ろを振り向くと、狐カラーと言われる髪の毛先をオレンジと黒のツートンに染めた女の子が、こちらに向かって歩いて来るのが見えた。エイトスロープのメンバー、千本射梨奈だ。俺は笑顔で「おはようございます」と、元気よく挨拶した。
「ふん。あっ、そう。それより大門時、ちょっと来て。アンタだけに話したい事があんの」
「ああ、分かった。じゃあ探偵さん、自分ちょっと離れます。社長に言われてますのでビル内はどうぞご自由に探索して下さい」
「ありがとうございます」
そう言って二人は離れて行った。
正直、リナちゃんの塩対応には面を食らった。
イベントの時とか、すげー愛想の良い子なのに。
まあ、仲の良かった二人が突然自殺したんだもんな。そりゃ気も沈むか。
もし、今回の呪いが人気順なら、次のターゲットは彼女だ。俺はその事もあり、スマホを取り出してモバに暫くリナちゃんを監視するよう伝えた。
「「ダブルケツキィックー!!」」
「いてええぇぇぇ!!」
突然、俺の尻の頬二箇所に激痛が走った。
振り向くと同じ顔をした金髪と銀髪の少女二人が、ゲラゲラ笑ってお腹を抱えている。
エイトスロープのメンバー、
「しぃたんの蹴り、完全にお尻粉砕したよぉ。キャハハハ」
「こぉたん! コイツが探偵だぁ」
「だね。ねぇねぇ、悪の組織と闘ってるぅ?」
「やっぱ、オトたん達って、トリック使って殺されたのかなぁ?」
「探偵たん、『ケツキックした犯人はお前だあ』って言ってみてよぉー」
「「キャハハハハハハハハハ」」
いきなり蹴り入れといて何だよ、その態度。
二人がメンバーに加わったの一年前だから俺、初対面だぞ。
どんな環境で育ったんだ、この二人は。
「あんた達。メンバーが二人も亡くなったのよ。少しは喪に服したら」
高殿姉妹の後ろから長い髪に紫のメッシュを入れた女の子が現れる。
エイトスロープのメンバー、三室紫だ。
「ごめんなさい、探偵さん。マネージャーから話は聞いてる。私、歳は一番上だけど、メンバーに成ったのは一番遅いから、あんま役に立たないかも知れないんだけど、教えられる情報は何でも話すから遠慮なく聞いてね」
「ありがとうございます」
ユカリさんはイメージ通りクールな大人の女性って感じだ。
でも実はこの子、俺より二つ下なんだよな。
「天馬さん!?」
ユカリさんの背後から大声が上がった。
黒髪に赤いカチューシャを付けた女の子、エイトスロープのメンバー、舟木水美だ。
「ミナたん違うよ。マネージャーじゃなくて探偵たんだよ」
「あれ? あなたは……」
ミナミちゃんは慌てて眼鏡を取り出して俺を確認した。
相変わらずコンタクトはしてないんだな。
「ご、ごめんなさい。知ってる人に似てたもんで……」
「いいえ。はじめまして、探偵の穴戸です」
「『はじめまして』? 『はじめまして』じゃないでしょ。穴戸さん」
「えっ? まさか覚えてます?」
「当たり前でしょ。あなたとは何回チェキしたと思ってんの?」
そう言ってミナミちゃんはスマホを取り出すと、何かを探し始め、それを見つけると微笑みながら俺に見せてくれた。
「ほらっ。穴戸さんとのハートポーズツーショット。ちゃんと残してあるんだから」
あの記念の俺とのツーショット写メじゃないか。ただのファンの俺を覚えてくれていて、しかも写真までずっと保存してくれてたなんて。すげー感激。
「ミナたん、探偵たんと知り合いなのぉ?」
「この方は最古参のファンよ。私は素人の時から応援してもらっているの。最近は全然イベントに来てくれないんだけどね。違うアイドルに乗り換えちゃったみたい」
「ち、違うんですよ。社会人に成って仕事が忙しく成って……で、その……俺、今でもエイトスロープ一本の推し活です!」
「フフッ。相変わらず真面目なんですね。安心しちゃいました。元気で何よりです」
「は、はい。こんな形に成っちゃいましたが、ミナミさんと久しぶりに再会できて嬉しいです」
「私もよ。そっか、探偵さんに成ったのか。凄いですね、何か信じられない」
「は、はい。自分でも信じられません」
推しに嘘をつくのは心苦しいが、彼女達を守る事が優先だ。本当にごめんなさい、ミナミちゃん。
「結婚はされたのですか?」
「いいえ。残念ながらまだです」
「そっか。なら良かった」
良かった?
どういう意味だ?
これは期待していい意味なのか?
まさか、ミナミちゃんも密かに俺の事を……。
いや、それは駄目だよミナミちゃん。
アイドルがファンとの熱愛は御法度だ。
いや、でもアイドルも人間だもんな……。
「この探偵たん、何ニヤけてんの?」
「探偵たんなのに頭悪そう」
何故だろう。同じエイトスロープのメンバーなのに、ミナミちゃんには天使の翼が見え、クソガキ共には悪魔のシッポが生えてるように見える。
「キラ。あなたは穴戸さんのこと覚えてる?」
ミナミちゃんがそう声をかけるまで、俺は全然気づかなかった。何度もブリーチしたと思われる傷んだ髪に緑色のリボンを結んだ女の子が、ミナミちゃんの後ろにいつの間にか立っていたのだ。
エイトスロープのメンバー、安池綺羅だ。相変わらず影が薄い。
「おはようございます、キラさん。お久しぶりです」
「……」
うん。何時ものキラちゃんだ。
だがこの後、俺の知ってるキラちゃんとは違う行動をする。
無言で右手の人差し指を動かし、「こっち来い」の仕草をしたのだ。
「えーと……俺ですか?」
「ついて来なよ」
俺は言われるままキラちゃんの後を追った。
いったいなんだろう?
二人の自殺に関しての情報を提供してくれるのか?
正直一番期待してなかった人物だが……。
「キラ、私達先に行っとくね」
他のメンバーとは離れ、俺は階段の踊り場まで連れて来られた。
キラちゃんは辺りに人が居ないかを確認してから口を開く。
「アンタ、探偵じゃないだろ?」
「えっ?」
「霊能者だろ? 分かってんだ」
正確には違うが、何故キラちゃんはそう思ったんだ?
「オトハとランは自殺じゃなく、呪いを掛けられて殺されたんだ。そうだろ?」
「うーん……言ってる意味が分かりませんが……」
「しらばっくれんなよ。アタイ、二人に呪いを掛けた犯人知ってるよ」
呪いを掛けた犯人を知ってる?
それは誰の事なんだ……。
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