第3話 スーサイドパクト
「ほーい。持って来てあげたわよん」
「ご苦労様です。トユキさん」
「あーん、ロッくぅーんー。ソコンから聞いてたけど、本当にここで働いてるんだぁ!」
グレーのパンツスーツをカッコよく着こなしてる生活安全課サイバー部の巡査部長、
「うーむ。ちょっーと待って、ロッくん。ネクタイの結び方、
そう言ってトユキさんは書類の束を机の上に置くと、いきなり俺のネクタイを外し、結び直し始めた。
女性にこんな事されるの初めてな俺は、緊張で固まってしまった。
トユキさんが近づくと、すげー良い香りがするし、綺麗な指で胸元を触られていると、意識してしまってドキドキする。
「うりゃー! これでオッケえ!」
トユキさんて世話好きで優しい人なんだな……最後、思いっきりネクタイで首を締められたけど。
「おい、トユキ! ちゃんと言われた物を持って来たんだろな?」
「あたぼうよ。こちとらサイバー部でい!」
トユキさんの持って来た書類は、スーサイドパクトに関する資料だった。
「過去の調査資料ですね。これ、警察署から持って来たんですよね。持ち出してもいいんですか?」
「駄目に決まってるじゃなーい。ロッくんさあ、チクったら私の知ってる中で一番最悪のデジタルスペクターをロッくんのスマホに送信するからね。オッケぇ?」
前言撤回。この人、色んな意味で危険。
「私も本当はね、こんなヤバい事したくないんだけど、持って来ないとコヤツが署内のパソコンに泥棒猫ちゃんを送り込んでくるから、仕方ないのよん。だって、そっちの方が大問題だしー。ハァー……何でこんな美女に、いけない事をさせるかな」
「いつも厄介な仕事回してくんだから、これぐらいのサービスして当たり前だろ!」
「何言ってんの。不正アクセス罪見逃してやってるのに」
「それはモバが勝手にやってる事だ」
「アンタが命令してんでしょ!」
そう言えばソコンさんとトユキさんは、どういう間柄なんだろう?
年齢は近そうだけど……。
「ああ、私達の関係はね、同い年の幼馴染みんなのよん」
「お前の方が学年一つ上だろ」
「西暦一緒なんだから同い年よ。アンタ、私の方が歳上だと紹介したら詐欺罪で逮捕するからね。オッケぇ?」
「もうすぐ三十路だろ。一歳や二歳ぐらい、もうどうでも良いだろが、ババァ」
「はい。侮辱罪の現行犯で逮捕します」
うん。随分仲が良いみたいだ。
「トユキさん。実は俺、あんま良く分かってないんですが、スーサイドパクトって、いったい何なんですか?」
「元々の意味合いは集団自殺の中でも、特に親しい間柄どうしが約束しあって自殺する『心中』って意味なんだけど、最近はネットで誘い合って行う『ネット心中』の意味で使われる事が多いわね。自殺サイトなんかで募集して、意見が合った見知らぬ人と約束して一緒に自殺する。インターネットが齎した社会問題の一つとして、各国が対策に追われてるわ。特に日本は色んなタイプの事例が多いから、サイバー部は常に目を光らせてるの。サイトなんかで自殺を募る報告が有れば、すぐに配信者を特定してスーサイドパクトの未然防止に取り組んでるのよ」
「そうなんですか……」
澱山社長の話では、清河音葉が亡くなったのは昨日の午後一時ぐらいらしい。
撮影が一段落し、三人のメンバーとスタッフ達とで仲良く屋上で雑談しながらの食事中、いきなり前触れもなく清河音葉は立ち上がって自撮りのSNSライブを初めたのだとか。そして、笑いながら「じゃあ、今から死にまーす」と言って屋上の端まで行くと、そのまま柵を乗り越えたらしいのだ。最初「何の冗談だろう」と、わけも解らずポカーンとしていた回りの人達は、清河音葉が本気で飛び降りる仕草を見せたので慌てて止めに向かったのだが時すでに遅く、躊躇いもなく飛び降りた清河音葉を助ける事は出来なかった。
遺書もなく、飛び降りる直前まで何時もの明るいオトハちゃんだっただけに、関係者は自殺の動機に全く見当がつかない。
「実は彼女の自殺報道が一日遅れたのは、規制が入ったからなの。自撮りライブをしながら自殺した事は報道しないよう、各マスコミに通達してたのよ。彼女はインフルエンサーだから真似して後追い自殺をする者が出かねないからね。特にファンは誘い合って、それこそスーサイドパクトに成りかねないから。それだけは絶対阻止しないといけないの。勿論、その時のライブ映像は関係者に言って既に削除してもらってあるわ」
俺もオトハちゃんの自殺の一報を聞いた時、やりきれない思いだった。
ガチ勢なら、こんな形の推しロスは本当に立ち直れないと思う。
しかし大丈夫だろうか?
いくら規制しても、ライブ配信を見ていた者や録画していた者は少なからず居るだろう。
心ない人が、面白がって拡散するんじゃないだろうか……。
「私達警察としては、今回の件は目撃者も多いし、実際本人が撮影した証拠映像が有るので事故や他殺ではなく、自殺として判断するしかない。けど、電網霊媒師の元に社長自らやってきたって事はね……」
「
「そういう事。それでどうなの、ソコンくーん?」
「モバに死んだ清河音葉のスマホの中を探らせてみた。スマホは一緒に落ちた衝撃で壊れてはいたが、霊障の痕跡は僅かに残っている。奴等の仕業で間違いないだろう」
「やっぱりね」
澱山社長には、呪いをかけて来るような人物や、最近亡くなった方で該当するような人物が居ないかを聞いて見たが、心当たりはないそうだ。
「それは信じられないわね。こんな事言っちゃなんだけど、あの社長の黒い噂は生安まで流れて来てるわよ」
「そうなんですか?」
「若い頃からヤバい連中との交際が有ったみたいよ。まあ、現段階では呪いをかけたかったのは社長なのか、エイトスロープなのか、清河音葉個人だったのか、よく分かんないけどね」
眼光鋭い人だったけど、喋り方や振る舞いは、とても落ち着いていて紳士に見えた。
やっぱり人は見掛けによらないものなのか。
「だいたい何で所属タレントが自殺して、先ず寺にお祓いに行くんだ。脅迫メールなのに警察にも相談に行ってない。そのメールが本物の呪いだという確信が有ったからだろ」
「あっ、なるほど。でも、だとしたら社長は何で呪いをかけたと思われる人物の名前を言わずに依頼したのですかね? 正直に言って貰えれば、こっちも犯人を探す手間が省けて、すぐにコンタクトが取れるのに」
「恐らく、本当に誰が呪いをかけたか分かんないんだろうな」
「どういう事です、ソコンさん?」
「つまり心当たりが多過ぎすて、誰が犯人か特定できないんだよ」
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