第2話 エージェンシー

「ソコンさん、ニュース見ました? 清河音葉が自殺したみたいですよ」

「誰だそれ?」

「エイトスロープの清河音葉ですよ。ご当地アイドルだから知ってるでしょ?」

「知らん」

「はあ? まさか、ユーチューブやニコニコ見てないんですか?」

「見ない」


 動画サイトを見ない人が、インターネット専門の霊媒師を名乗れる不思議。

 まあ、俺の上司と言うか、先生である斎波さいば素近そこんさんは、かなり変わった人ではある。

 色んな意味で世間の常識とは、ほど遠い位置の方だ。


「しっかし、最近芸能人の自殺が多過ぎると思いません? やっぱ、コロナでライブとかが出来なかったのが影響してるんですかね? ファンが減っちゃったとか」

「知らん」

「ちょっとは会話のキャッチボールしましょうよ! そんな時代遅れのパズルで遊んでばかりいないでぇー」

「うるせぇな。興味のない話でキャッチボールができるわけないだろが」


 俺、穴戸あなどろくが、この斎波素近さんの電網霊媒師事務所に働き出してから三日が経った。その間に仕事の依頼は実に十件有ったのだ。そのうち八件は霊障ではなく、コンピュータウィルスだったり、ただの故障だったりしたので相談だけの仕事に成る。だが、残りの二件は亡くなった方のSNSやブログが勝手に更新するという本物の霊障だったので、ソコンさんは取り憑いた霊との交信を行なう事に。ただし取り憑いたのはたちの悪い霊ではなく、自分が死んだ事が理解できなかった地縛霊の方々だったもんで、どちらもソコンさんがチャットでご本人さんに「あなたは死んでますよ」と諭すように伝えると、すぐに納得してパソコンから離れて行くという呆気ない幕切れで終わったのだ。俺はポルターガイスト現象とか起こらないかヒヤヒヤしながらソコンさんの交信を見守っていたのだが、幽霊の姿を見る事もなく、どちらの依頼も三十分ほどで終了した。正直、自分の時はすげー怖い思いをしたので拍子抜けではある。でも、これならこの仕事を続けられる自信が湧いてきたのが正直な感想だ。


「ソコンさんが脅かすから、もっとネット霊障って多いと思ってましたよ」

「普通の霊障だって、そんなに頻繁に起こらないだろが」

「でも、幽霊も悪さをする奴ばかりじゃなくて安心しましたよ」

「この業界あまくみるなよ。そのうち痛い目に遭うぞ」

「またまた、脅かさないで下さいよ」


 ソコンさんの机の横には、俺用の小さな机と折りたたみ椅子を用意してもらった。

 普段俺はそこで書類整理などの事務の仕事をしている。一応表向きはネット関連相談事務所なので帳簿なんかも、きっちり付けているのである。

 ソコンさんはパソコン音痴だが、モバがどういったタイプのマルウェアかを調べてくれるので、霊障でなかった依頼主さんでもアドバイスなどのアフターケアをちゃんとしてあげている。この辺の知識は、サイバー警官であるトユキさんの後ろ盾が有るのかも知れない。


「今日の依頼は何件だ?」


 ソコンさんに言われてSNSのメールを確認した。

 本日はまだ一件だけだ。

 その事を伝えると、ソコンさんは依頼主にすぐに来るよう返事を送れと言われた。

 言われた通り送信すると、三十分後に来るとの事。

 この後、何時も通りに依頼主の対応は俺がする。

 ソコンさんは奥の部屋で待機し、モニターでその様子を監視する。

 俺は対応中もソコンさんの指示を仰ぐ為、片耳だけワイヤレスイヤホンを付けた。

 エントランスの掲示板には、この事務所の部屋番号を知らせる[四〇四]の紙も既に貼りつけてある。

 後は来客を待つばかりだ。

 三十分後、時間通りに到着の知らせが入った。


「ご到着のようです」

「じゃあ、任せたぞ」


 ソコンさんに肩を揉まれた俺は、頑張るモードにスイッチが入る。

 インターホンが鳴り、いよいよ今回の仕事の開始だ。


「はじめまして。ヨドヤマエージェンシー代表取締役の澱山よどやま礼二れいじと申します」

「はじめまして。斎波素近相談事務所の穴戸です。どうぞ、そちらにお掛け下さい」


 半分白く染まった髪をオールバックにした五十代ぐらいの男性だった。身に着けているスーツや腕時計が高級品だという事は、ブランドに疎い俺でも一目でわかる。


「私の会社名はご存知ですかな?」

「はい。よく耳にいたします」


 ヨドヤマエージェンシーは、主に関西地区に拠点を置く地下アイドルやユーチューバー達が所属する比較的最近できたタレント事務所である。

 仕事の斡旋や企画が目新しく、今もっとも注目が集まってるベンチャー企業だ。


「昨日、うちのタレントが亡くなった事もご存知ですか?」

「昨日? あ、そうか。エイトスロープはヨドヤマエージェンシーに所属してましたね。この度は――」

「実は今回の依頼は、そのエイトスロープに関する事なんです」

「えっ?」


 どういう事だ?

 まさか清河音葉の幽霊が、この社長のパソコンに取り憑いたのか?


「実は昨日、お寺にお祓いに行ったのですが、『あなたに霊は憑いてない』と言われました。私が『そんな筈はない』と言うと、『ならば拙僧では分かり知れぬ霊か。然らば』との事で、こちらをご紹介いただいたしだいです」

「なるほど。では社長にデジタルスペクターが取り憑いたと」

「取り憑かれたと言うか……正直よく分からないんですよ」

「それは、いったいどう言った内容なんです?」

「四日ほど前に成りますかね。変なメールが私の携帯に届きました」

「変なメール?」

「はい。送信者も不明だったので悪戯かスパムだと思い、すぐに消したのでもう残ってないのですが、内容はこんな感じでした。[これからエイトスロープのメンバーが次々と自殺する。これは彼女達と交わした呪いのスーサイドパクトである]と……」

「呪いの……自殺協定スーサイドパクト……」



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