File2 アイドルズ・スーサイドパクト

第1話 一人目

「また、やりやがった」


 俺の爽やかな朝は、ここんとこ毎日のようにぶち壊されている。

 今日もスマホのフォトファイルが、一ミリも見たくないリアルな鼠の画像で満たされていた。更にその為に内部ストレージがいっぱいに成り、スマホの動作がとても重い。だから俺は毎朝大量の画像を消去しないといけなくなる。故に憂鬱になるのだ。

 勿論、好き好んで鼠の画像をダウンロードしているのではない。

 オートマチックで勝手にダウンロードされるのである。

 いや、犯人居るんだけどね。

 スマホの中に。


「クソッ。何が[お気に入り☆]だ。鼠の写真に[☆]を付けるな! 出勤したらソコンさんに文句言ってやるからな」


 気を取り直して朝のニュースをチェックしようと、何時もの情報アプリを開こうとしたのだが、なぜか見当たらない。


「あれ? アイコン移動したっけ?」


 ホーム画面をゆっくりスライドして探しても見つからない。アンインストールした記憶はないし、何故なんだ?

 よく見るとアイコンやフォルダの位置が、やたら変わっている。


「まさか……」


 もう一度ホーム画面をスライドした。

 居た、奴だ。

 奴は探していた情報アプリのアイコンを口に咥えていた。

 咥えながら移動してやがったんだ。

 俺に見つかったと気づくと、こっちを見ながら「ニャアー」と鳴いた。


「それ、今から開くんだから返しなさい」


 俺がそう言うと、アプリを咥えた白黒猫のキャラクターは、そのまま走って隣のページへと逃げた。


「こら、待て。アイコン置いてけ!」


 スライドして次のホーム画面を見たが、奴は既に居ない。また隠れやがった。

 画面のスライドを素早く繰り返したら、何度か奴の姿を見つける事ができたのたが、その度にアイコンを咥えたまま逃げやがる。

 そして終いには奴を完全に見失った。

 なんで朝からスマホの中の猫と追いかけっこしないといけないんだ。

 一度ホーム画面一覧に戻って調べてみたのだが、やはり見つける事はできなかった。

 何処に隠れた?

 別の画面も色々開いてみたが、どこを探しても見つからない。

 ホーム画面から消えたのなら探すの不可能じゃないかよ。


「やめた! もういい、テレビでニュース見るから」


 仕方ないのでテレビのスイッチを入れ、朝のワイドショーでニュースをチェックをする。なんか久しぶりに朝のテレビ番組を見るので新鮮だった。


「へえー、この番組のキャスターさん変わったんだ」


 まだ出勤には時間が有ったので、俺は暫くのめり込んで見ていた。

 暫くキャスターさんは楽しい話題を提供していたが、急に神妙な口調に変わった。どうやら悲報のようだ。キャスターさんの口から「えー、またしても有名人の自殺です」と告げられ、画面は俺の住んでる街に切り替わる。そして亡くなった人の写真がワイプで抜かれた。


「えっ? 嘘だろ?」


 亡くなったのは俺の推しのアイドルグループ『エイトスロープ』のメンバー、清河きよかわ音葉おとはだった。エイトスロープはテレビには余り出ない、主に地元限定ライブと動画配信活動をメインとする、所謂いわゆるローカルアイドルである。ローカルアイドルながら全国区で知名度と人気が有り、特に亡くなった清河音葉は八人のメンバー中、一番人気だった子だ。日本だけでなく、インターネットを介して海外にもファンが居るほどの中心メンバーだったのだ。


「うわー……オトハちゃん、亡くなったのかよ。なんで自殺なんか……」


 どうやら白昼、撮影が有った事務所ビルの屋上から飛び降り自殺したみたいだ。

 俺の知ってる音葉ちゃんのキャラは、明るくて巫山戯た発言ばかりする、とても自殺なんか想像できないキャラだった。動画サイトでも一人で奇声を発しながらキレキレダンスを披露している映像が、一千万再生を超えてるぐらい好評で、これからもっとブレイクする子だったのに。信じられない。すげーショックだ。


「裏では悩み事があって、病んでたのかな……人って分かんないもんだなあ」


 エイトスロープは、結成時からのファンだっただけに、滅入った気持ちが抑えられず、俺はテレビを消しても座ったまま立てなかった。


「ミナミちゃんとか他のメンバーは大丈夫かなあ……ショック受けてるだろうな……」


 暫く放心状態でいると、スマホの中から「ニャーン」と呼びかけられた。


「何だ、やっと姿を現しやがったな。この化け猫め」


 スマホの中の化け猫モバは、白と黒の2本の尻尾を振りながら「もっと遊んでよ」と、言わんばかりに、咥えていたアイコンをポンポン叩いて誘っている。

 俺は「そんなの、もういらないよ」と言って、気のない素振りでソッポを向いたが、ちゃんと横目では確認し、モバが油断したところで奴の身体を指で押さえつけてやった。


「どうだ。捕まえたぞ」


 指で腹を押さえられたモバは、手足で俺の指をパタパタ叩いてきたり、甘噛みのような動作をしてくる。まるで本物の生きた猫のようだ。ただ、噛まれても指に感触はないが。


「さあ、遊びはここ迄だ。お前は先に事務所に出勤しとけよ。迷子に成ったのかと、ソコンさんが心配するぞ」


 モバのお陰で少し心が癒やされた。

 ありがとな、モバ。


「あっ、癒やしついでに最新のアイドルの写真を拾っといてくれよ。鼠の写真なんか要らないからさあ」


 モバは「ニャア」と返事すると、画面からフェイドアウトしていった。

 そして一時間後、俺がソコンさんの住むマンション兼電網霊媒師事務所に着いた時には、再びフォトファイルがいっぱいに成っていた。

 虎やライオンの写真で……。

 いや、お前のアイドルそれかよ!

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